HARD BOILED SWING CLUB
今日は休日。


ブルーム街の大通り、通称「ブルームストリート」には沢山の人々が溢れていた。


家族連れ、カップル、子供達、友達同士・・・その通りにある店やレストランも満員で、休日を楽しんでいる人々で賑わっていた。


( みんな、幸せそうでいいねぇ・・・ )


ラッキーは「ブルームストリート」のそんな光景をゆっくりと歩きながら、心の中で呟いた。


スリムブラックパンツ、エンジニアブーツ、細身のチームジャケットを着た全身真っ黒なラッキーは、ブーツの踵を鳴らしながら、肩を揺らして大通りを歩いていた。



そして、ラッキーはその「ブルームストリート」から横に逸れて細長い裏路地に歩いていった。


・・・その裏路地は「ブルームストリート」の景色とは一変していた。


太陽の光を遮断するように古びたビルが立ち並ぶ。


レンガ造りの汚れた壁にはスプレーでグラフィティ調の落書き。


歩道は蛍光灯の青白い光に包まれ、湿り気のあるアスファルトがギラついて見える。


その裏路地は通称「67ストリート」。


一般の人は近寄らない。


そこには訳アリの人間、訳アリの店、訳アリの仕事・・・この通称「67ストリート」には様々な人種、宗教、カルチャー、音楽、チーム・・・何かから外れてしまった人々(OUT SIDER)がいつの間にか集い、そして生活をしている。


表通りの大きな「ブルームストリート」に暮らす人達は子供達に言う。



「あの67ストリートには近寄らないように!」



ラッキーも小さい頃から親にそう言われて育っていた。


「今じゃ、67ストリートのチームリーダーか・・・」


ラッキーは吐き出すようにそう言いながら、肩を竦めて襟を立てた。


その背中にはラッキーがヘッドを務めるチーム、「REBELERS」のマーク。


NCM_0020.jpg


「REBELERS」=「反逆者達」というのはラッキーの造語で、リボンに「OUTSIDE HERO」という言葉を入れたのは「正義のチームでありたい」というラッキーの気持ちからだった。


ラッキーは子供の頃から自分の信じた「正義」を貫いて生きていた。


その「正義」の為、ラッキーは上手に愛想良く生きる友達や先輩、そして大人達に煙たがられた。


「OUTSIDE HERO」はそんな自分を皮肉って、リボンの中に入れた言葉だった。


「REBELERS」はそんなラッキーをリーダーとして、仲間として、友達として、そして同志として認めたメンバーで作ったチームだった。


この「67ストリート」に生きるメンバー達はで「67ストリート」に生きることにプライドと誇りと思っていて、スペードの中の「67」はメンバー達が「67ストリート」を愛する気持ちにリスペクトしたものだった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

・・・ラッキーは蒼く暗い地下道のような歩き続け、「67ストリート」の中心にある店の前で足を止めた。


そこは唯一、ラッキーが心を許す人物が経営するクラブで「67ストリート」の連中の溜まり場でもある。


黒い木と錆びた真鍮で作られている扉の上で、黒く塗装された木で作られた店の看板が風で揺れている。


「HARD BOILED SWING CLUB」


NCM_0018.jpg

「HARD BOILED SWING CLUB」はラッキーが「67ストリート」に移住してきて、初めて入った店だ。


ラッキーは足を止めてそのスカルマークの看板を見上げながら、おそるおそる扉を押して店に入った時のことを思い出していた。


・・・黒を基調とした50’Sダイナーを意識したカウンター、そしてチェアー。


古いオールディズ、ロカビリー、R&B、ソウルが埃を被ったような音で流れている。


暗い店内にピンクとグリーンの光がピンスポットライトで細く差し込まれ、スカルマークの酒瓶を照らしてる。


チェアーにはアリゲーターの革にエナメルで加工したクロスが張ってあり、その黒い光沢にラッキーは魅せられた。


店の奥には小さなステージがあり、黒く塗装されたウッドベース、Fホールのエレクトリックホローギター、銀ラメのドラムセットが乱雑に、しかし奇妙なバランスを保ちながら置かれている。


煙草と酒と夜の甘い匂い・・・ラッキーはそんな店の香りを吸い込みながら、カウンター下のアリゲーターレザーのチェアーに座った。


・・・店の奥から1人の中年の男が出てきた。


名前は「キング」。


大柄な体格、サイドのみポマードで撫で付けた乱れたリーゼントスタイルの髪、1950年代スタイルの黒のネップシャツ、耳にはダイアモンドのピアス・・・指にはスカルのリング。


この一癖も二癖もある「67ストリート」の住人から絶大に信用されている男。


人の話は誰にも喋らない、秘密は絶対守る、情報を漏らさない、干渉しない。


キングはそんな男だった。


この「67ストリート」で店を経営していくにもこの条件は不可欠だったし、キングはこのストリートで生きるルールをよく理解していた。


キングは子供との小さな約束も丁寧に守るし、マフィアの取引き場所として店の個室を提供するという男だった。


誰に問いただされても一切、口を割らないキングはこの67ストリートの住人に好かれていた。


そして、トランプのカードのキングに顔が似ていた為に67ストリートの住人達にいつの間にか「キング」と呼ばれるようになっていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・・・ラッキーはこの「HARD BOILED SWING CLUB」に初めて入った時のことをそんな風に思い出しながら、扉を開けた。


「おっ、来たのか?」


カウンターでグラスを磨いていたキングがラッキーを見てそう言った。


「開店前ですか?」


ラッキーはキングに気を遣うようにそう言った。


「いや、お前なら何時に来てくれても大歓迎だ」


キングはラッキーにそう言いながら、磨いていたグラスを下に置いた。


「あれっ?でもお客さんがいたんですね?」


ラッキーはカウンターの端にいた1人の男を見て、そう言った。


その言葉を聞いた男は静かに横を向き、ラッキーを見つめた。


そしてゆっくりとチェアーから降り、ラッキーの座ってる場所に歩いてきた。


ラッキーはその男のオーラに一瞬、怯んだ。


無表情、無感情、その奥に何か感情があるような、無いような・・何とも例えようがない雰囲気がした。


「これ・・・」


男が差し出したのは昨日から67ストリートで行なわれているサーカスのフライヤーだった。


NCM_0016.jpg

「これって・・・そこでやってるサーカスのチラシ?」


ラッキーはフライヤーを見ながら、そう呟いた。


ピエロの顔が、目の前にいる男の顔とダブって見えた。


「これ、私なんです」


男はそんなラッキーに気づいたのかそう言った。


「・・・あ、そうなんですね」


ラッキーは自分の心を見透かされたような恥ずかしい気持ちになって、肩を竦めてそう呟いた。


ピエロの男の名は「ジャッキー」。


生まれてから道化を演じることしかできない男。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ジャッキーが物心ついた時には、もう「THE SOFT PARADE」というサーカスで暮らしていた。


両親がお金欲しさにジャッキーをサーカスに売り渡したらしい。


ジャッキーは団長から自分の過去についてはそれしか聞かされてない。


子供の頃のジャッキーにはTHE SOFT PARADEの見世物の動物、団員達が不思議に思えていた。


・・・皆、いつもうなだれ、言葉も喋らない。


・・・黙々と自分達の出し物の練習をしている。


動物達も団員達もジャッキーが側に歩いていくと、練習を止めてテントの中に引っ込みはじめる。


ジャッキーが団員達に話しかけると、団長がやってきてジャッキーに鞭を打ったり、頬をぶたれたりした。


ジャッキーの顔はいつも腫れ上がり、そして身体には鞭の跡が赤黒く残った。



「喋っちゃいけないんだ」



いつも鞭で打たれ、大声で泣いていたジャッキーはTHE SOFT PARADEの暗黙のルールを子供ながらに理解した時からは、声を上げて泣くことをしなくなった。


それからジャッキーは団長の命令で色々な芸を覚えなければならない生活を強いられた。


「言うことを聞かないと生きることができない。お腹が空いてもご飯が食べられないし、寝る場所さえない。」


ジャッキーはいつの日からか、そんな強い強迫観念に執りつかれていた。


何年か月日は過ぎ・・・ジャッキーはTHE SOFT PARADEの看板ピエロに成長していた。


ジャッキーは子供の頃からのトラウマで人と会話をすることができなくなってしまった。


楽しいことがあっても、悲しいことがあっても・・・ジャッキーは「それ」を一瞬にして忘れる術を覚えた。


それは自分の心が傷つかないようにするジャッキーの唯一の保身術だった。


THE SOFT PARADEの上演ではジャッキーはおどけた表情で観客を沸かせ、饒舌な喋りで進行をスムーズに進め、マジックでのナイフ裁きは観客を歓喜させた。


上演が終わるとジャッキーはすぐに無表情に戻り、無感情のまま「・・・ただ食べる・・・ただ排泄する・・・ただ寝る」の生活を繰り返していた。


第2話につづく。
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第2話
「ギィ・・・バタン!」


 ジャッキーはラッキーが「THE SOFT PARADE」のフライヤーに見入っているのを横目に店を出ていった。


その音でジャッキーが出ていったことに気づいたラッキーはキングの顔を見た。


「・・・フライヤーを置きに来ただけだ」


キングはグラスを乾いた布で磨きながら、そう言った。


「そうですか・・・あ、いつもので」


ラッキーはキングにそう注文しながらアリゲーターレザーのチェアーに座った。


キングはカウンターに置いてあるスカルマークのウォッカの蓋を開けた。


「END OF THE WORLD VODKA (この世の果て)」と呼ばれてるこのウォッカはアルコール度数98%の強烈なウォッカでハードボイルドスイングクラブの名物でもある。


キングはグラス半分くらいにその透明でキラキラとしたウォッカを注いだ。


そして、ラッキーの前にそのグラスをゆっくりと差し出した。


ラッキーはそれをグイっと一気に飲み干した。


「ふぅ・・・」


ラッキーは溜息をつきながら、ゆっくりと体温が上がっていくのを待っていた。


キングは黙ってグラスを磨き続けてる。


ラッキーは焼けるような熱さを胃袋に感じながら、そのウォッカが連れていってくれる世界に身を任せた・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

67ストリートの南側の大きな敷地内に「THE SOFT PARADE」のテントがあった。


サーカスを上演する大きなテントが1つあって、その裏には団員や動物達のテントが5つ寄り添うように張られていた。


時折、テントが強い風でバタバタと音を立てて揺れている。


67ストリートでフライヤーを配り終わったジャッキーが戻ってきた。


自分のテントに戻ろうとするジャッキーの目の前に1人の少女が立っていた。


ジャッキーは別に気にもせず、テントの中に入ろうとした時、


「・・・あの」


少女はジャッキーに話しかけた。


ジャッキーは無表情のままで、少女を無視してテントの中に入った。


「パシーン!!」


テントの外で悲鳴と共に鞭打つ音が響いた。


団長が鬼のような形相でその少女に鞭を打っていた。


「誰にも話しかけるな!お前は俺に買われたんだからな!」


ガラガラとした団長の怒鳴り声が聞こえた。


呻くような少女の泣き声と鞭の音が、周りの景色を張り詰めた空気に変えていた。


ジャッキーはそれを聞きながら、いつものようにパントマイムの練習をしていた。


テントの中にある大きな割れた鏡の前で、笑ったり、泣いたり、怒ったりと表情を次々に変え、身振り手振りで物体やシュチュエーションを表現していた。


そのうち、少女の声も鞭の音も聞こえなくなった。


ジャッキーはそのまま、夜中までパントマイムを続けた・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

朝になり、ジャッキーはテントの外に出た。


冷たい空気と静けさの朝靄がテントの周りを包んでいた。


ジャッキーが隣のテントに目をやると、靄の中に影があった。


昨日の少女がポツンと座っている。


(昨日の娘か・・・)


ジャッキーは話しかけることもなく、黙って少女を見ながらそう思った。


すると、ジャッキーに気づいたのか少女が静かに歩いてきた。


「・・・あの」


少女はジャッキーに話しかけた。


ジャッキーは無表情で黙っていた。


「あたし、お母さんに「ここで待ってなさい」って言われて・・・」


少女は話し続けた。


「あたし・・捨てられたの?」


少女は嗚咽と共にその言葉を吐き出した。


「・・・」


ジャッキーは黙ったまま、泣き続ける少女を見ていた。


・・・ジャッキーは自分が子供の頃にこの「THE SOFT PARADE」に来た時のことを思い出しはじめた。


ジャッキーは両親の顔は全く憶えてはいなかった。


大事に抱っこされていた誰かの腕の感触、赤ん坊の自分を見ながら誰かが何かを話している記憶・・・。


気づいた時には目の前にこのテントの黄色い布の景色が広がっていた記憶しか、ジャッキーには残っていなかった。


「ルルー!どこにいった?ルル!」


少女の泣き声に気づいたのか、団長のテントから怒鳴り声が聞こえた。


(ルルって名前なのか・・・)


ジャッキーは団長の声に怯えるルルの顔を見ながら、クイっと団長のテントに向けて顎を動かした。


そして、振り返って自分のテントの中にゆっくりと戻った。


「パシィ!」


しばらくして、テントの外でルルの悲鳴と鞭で打たれてる音がまた聞こえてきた。



・・・ジャッキーはルルが鞭を打たれる光景を想像し、今まで感じたことのない「何か」を心の中で感じていた。


しかし、ジャッキーの心の中でその「何か」を考えることを進めることにブレーキがかかっていた。


(開演まで、あと7日か・・・)


ジャッキーは独り言を呟き、その「何か」を忘れるように、曲芸で使用するナイフを夢中で磨き始めた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「THE SOFT PARADE」はジャッキーの道化芸、そして動物曲芸などを中心としていたサーカスだった。


町から町へ旅をする「THE SOFT PARADE」は、最初はサーカスを見たことのない人達が押し寄せ観客も多かったが、最近では新進の他のサーカス団などに人気を横取りされて動員は下降気味だった。


最近のサーカスは「THE SOFT PARADE」よりも華々しく、動物達もライオンや熊など大きな動物達の曲芸、そして空中曲芸といわれる高所での綱渡りやブランコなどの曲芸で人気を博していた。


案の定、67ストリートで7日後に上演する「THE SOFT PARADE」の前売りチケットの売上は芳しくなかった。


その日の夜、「THE SOFT PARADE」で曲芸する動物達に餌を与えていたジャッキーは団長のテントに呼び出された。


団長のテントに入ると、酒の匂いと肉が腐ったような異臭が漂っていた。


薄暗いテントの中で、中央にぶら下がってるオレンジの電球が風でゆっくりと揺れている。


古い木の椅子にどっかりと座った長い髭を蓄えた団長はまるで海賊のようだった。


「おい、明日からブランコやれ」


茶褐色の肉をクチャクチャと噛みながら、団長は言った。


ジャッキーはもうこの団長と20年近くも一緒に生活を共にしている。


団長が苛立っているのが、ジャッキーにはすぐに分かった。


(ブランコ・・・)


ジャッキーは空中ブランコのことだとすぐに察した。


「ルルとやれ。明日から練習しろ」


団長はテーブルの上にあったぶどう酒を瓶のまま、浴びるように飲んだ。


唇の横から飲みきれないぶどう酒がこぼれて、テーブルにヒタヒタと落ちている。


「そこに大きな木があんだろ、そこによ、ブランコ作って練習しろ」


団長は指でテントの右側を指した。


「わかったら、今からやれ!」


団長は声を荒げてジャッキーに怒鳴った。


ジャッキーは無表情で頷き、団長のテントから出た。


・・・ジャッキーは地面に落ちていた木の枝を沢山拾って、ナイフを器用に使い棒状にまとめて紐で結び上げた。


それの左右に太く長いロープを付け、団長の言っていた大きな木の太い枝に結びつけて簡易的なブランコを作った。


丁度その向かい側にも大きな木があったので同じようにして、もう1つブランコを設置した。


ジャッキーは確かめるようにそのブランコにぶら下がった。


身体を大きく反らし、反動をつけると太い木の枝から「ミシッ・・・ミシッ・・・」と音がした。


ブランコにぶら下がりながら、ジャッキーは空を見上げた。


濃紺のような空の中に、美しい月の光と無数の星の光が輝いていた。


その月を目掛けて、ジャッキーは身体をもっと反らして反動をつけた。


「ブゥーン・・・ブゥーン」


ジャッキーの身体は宙を切るように音を立てていた・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第3話に続く。
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第3話
 「起きろ!起きろよ、ラッキー!」


聞き覚えのある声が頭の中に響いた。


「サムかぁ・・・」


ラッキーはベッドの中で呟いた。


昨夜、HARD BOILED SWING CLUBでラッキーは泥酔し、その後のことは憶えていなかった。


自分のアパートに戻り、自分のベッドで寝ていたことを確認したラッキーはサムを無視し、また眠りに堕ちようとしていた。


「だからぁ!寝るなって!・・・もう仕事の時間だぜ!」


サムはラッキーに呆れたように言った。


黒人とのハーフのサムは身長も高く、スリムで濃いパープルのラメシャツ、黒いスリムなスラックスにサイドゴアのシャープシューズを履いていて、まるで古いソウルやR&Bのミュージシャンのようだった。


サムはいつも陽気で、その笑顔は愛嬌があった。


楽観的なサムはラッキー、そしてREBELERSのメンバーからムードメーカーとしても仲間としても信頼できる人間として好かれていた。


サムは何度、起こしても起きないラッキーに溜息をつきながら、思いついたように足元にあるラッキーのレコードコレクションの中を漁りだした。


そこでリトルリチャードのアルバムを見つけ、ラッキーの古いオーディオのターンに乗せた。


ボリュームを最大にし、レコード針をゆっくりと廻るレコードの上に這わせた。


「A wop bop a lu bop,a good Goddamn!」


ラッキーの部屋に大音量で、リトルリチャードの「トゥッティフルッティ」が流れた。


ラッキーはその音に驚いて、ベッドから飛び起きた。


目の前ではサムが笑顔で音楽に合わせて、足でビートを刻んでる。


「・・・朝からリトルリチャードかよ!?」


ラッキーは眠い目を擦りながら、サムにそう言った。


「お前の好きな白人のロックンロールは甘ったるいんだよ!」


サムは笑顔でリトルリチャードのアルバムを大事そうに抱きしめながら、そう言った。


サムは黒人のロックンロール、ブルース、R&B、ソウル等しか、音楽として認めないと皆の前で断言する男だった。


だけど、ラッキーはサムがたまにエルビス、エディコクラン、ジーンヴィンセント、そしてローリングストーンズ等のロックンロールを聴いているのを知っていた。


ラッキーはそのサムの言葉と仕草に笑いながら、ベッドの下に放り投げたブラックパンツを履きはじめた。


「今日はどこ?」


ラッキーは煙草にオイルライターで火を点けながら、サムに聞いた。


「今日は5番地区の粗大ゴミ収集。」


サムは大きな目をクリクリさせて、笑顔でラッキーに言った。


「・・・疲れそうだな、そりゃ」


ラッキーは「REBELERS」のチームジャケットに袖を通しながら呟くようにそう言った。


ラッキーの仕事は通称「エニィシング」と呼ばれる 「なんでも屋」。


67ストリートの住民のリクエストで犯罪、法に触れること以外であれば何でも引き受ける。


探偵まがいの仕事もあれば、掃除、洗濯、子守、店の留守番まで引き受ける。


頼まれれば嫌とはいえないラッキーの性格もあって、「エニィシング」は67ストリートの住人には人気があった。


サムもラッキーが支度を終えるのを見計らって、「REBELERS」のチームジャケットをシャツの上から羽織って、ジッパーを上げた。


「よし、行こう!」


ラッキーがサムの肩を軽く叩いて、玄関に向って歩いてドアを開けた。


灰色のグラデーションの雲の隙間から太陽が真っ白の光を覗かせていた・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

サーカス「THE SOFT PARADE」が67ストリートに来てから2日経過した。


上演まであと6日。


団員達はそれぞれの曲芸の練習やその準備で、朝から忙しくしていた。


ピエロのジャッキーは敷地内にある向かえあっている大きな木2本に練習用のブランコを設置した。


ジャッキーがロープに全体重をかけ、ブランコの安全性を確認しているところにルルが歩いてきた。


ペコッとルルは頭を下げてジャッキーに挨拶した。


(・・・何か喋るとまた鞭で打たれる)


ルルは団長に怯えていた。


ルルの顔や手足には赤黒く内出血した鞭の痕があった。


ジャッキーは「THE SOFT PARADE」に来た自分が子供の頃を思い出していた。


(俺もそうだった。この娘のようにいつも鞭で打たれてた・・・)


ジャッキーは昨日からルルと会うとそんな昔の記憶が湧いてきた。


我に返り、いつもの無表情に戻ったジャッキーはルルに向かえ側の木に設置したブランコにぶら下がるように指示した。


ルルはジャッキーの指示に従い、向かえ側のブランコに歩いていった。


そして軽く飛んで、そのブランコにぶら下がった。


足で後ろ側の大きな木を蹴り上げ、勢いをつけてブランコを漕ぎ出した。


ジャッキーは感心するようにそれを見ていた。


ルルはブランコを大きく揺らした自分が照れ臭かったのか、ブランコに揺られながらジャッキーに恥ずかしそうな笑顔を見せた。


ジャッキーはそのルルの笑顔を見ている自分が、いつの間にか唇に笑みを浮かべてることに気づいた。


(・・・なんだ、これは)


ジャッキーは自分の心に湧いてきた暖かい感情に戸惑った。


ジャッキーはルルが乗っているブランコの向かい側に設置したブランコを勢いをつけて、ルルに向けて振り飛ばした。


ジャッキーはルルに、これに飛び移るように指示をした。


ルルは頷き、タイミングを合わせてジャッキーが投げ飛ばしたブランコに飛び移った。


(うん、筋はいい)


ジャッキーは何度もブランコを振り飛ばして、ルルに飛び移る練習を繰り返しさせた。


ルルもジャッキーも何かを忘れるように、この空中ブランコの練習に夢中になっていた。


2人は本番に間に合わせる為に空中ブランコの練習に明け暮れた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

・・・3日後。


練習を毎日続けたジャッキーとルルはお互いのブランコに絶妙のタイミングで飛び移れるようになっていた。


最初は怯えていたルルもジャッキーにだけは気を許すようになっていた。


喋ることを禁じられているので、2人とも喋りはしないが目と目で通じ合っていた。


ジャッキーは自分の曲芸の練習もせず、ルルとのブランコの練習に没頭していた。


空中ブランコは危険な曲芸故に、入念な練習とタイミング、そしてバランスが必要とジャッキーは考えていた。


(今日から会場の高い場所で練習するか・・・)


ジャッキーは本番の高い場所からの空中ブランコでルルが足が竦むんじゃないかと心配していた。


いつの間にか、一生懸命に練習をするルルを自分の分身のように愛しく思う感情がジャッキーの心の中に育っていた。


・・・その日、いつものように朝からブランコの前にジャッキーは立っていると、ルルが自分のテントから走ってきた。


何事か!?とジャッキーは驚いていると、ルルは周りをキョロキョロと警戒して見渡している。


誰もいないのを確認したルルは、ジャッキーの手を取って掌を広げた。


「これ」


ルルはジャッキーの掌にブラウンメタリックの包装で包まれたキャンディーをポンと置いて握らせた。


「食べてください」


ルルはジャッキーにそう言った。


無表情だったジャッキーの唇に笑みが浮かんだ。


「あ・・・あり・・ありがとう」


ジャッキーはルルに礼を言った。


「THE SOFT PARADE」では団員、そして曲芸をする動物達には1日1食しか与えられてなかった。


このキャンディーはルルがこの「THE SOFT PARADE」に来る前から持っていたキャンディーだと思った。


(自分だって食べたいだろうに・・・)


ジャッキーはルルに申し訳なく思った。


・・・気がつくと他のテントから団員達が起き出してきた。


ジャッキーはルルからもらったキャンディーを、慌ててパンツの前ポケットに仕舞い込んだ。


その慌てたジャッキーの姿を見たルルが「クスッ」と笑った。


ジャッキーは起きてきた団員達や慌てている自分を誤魔化す為、ルルの前で「紳士」のパントマイムを始めた。


「わぁ・・・・」


ルルは初めて見るジャッキーの完璧で美しいパントマイムに見惚れていた。



・・・一通りパントマイムが終わると、ジャッキーは我に返ったようにルルにブランコに乗るように指示した。


自分のブランコに乗ろうと振り返ったジャッキーの顔は今までの冷たく暗い無表情から、暖かく朗らかな無表情に変わっていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

第4話に続く。

HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第4話
 その日、ジャッキーは会場となる大きなテントで空中ブランコの練習をすることにした。


ジャッキーはルルを連れて、そのテントに歩いていった。


中に入ると動物達や団員達がそれぞれに曲芸の練習をしている。


それぞれが熱心に、そして黙々と練習に励んでいる。


そんな団員達や動物達の様子を見ながらジャッキーは会場の正面に目をやった。


円状に作られたステージには赤と青のストライプサテンの垂れ幕が大きく架かっている。


ステージの両端に天井まで伸びている梯子がついた大きな柱が2本あった。


ジャッキーはその柱の天辺を見上げた。


2つの柱の上には人が1〜2人乗れるような部分が板で作られていて、ブランコもすでに用意されていた。


(思ったよりも高いな・・・)


ジャッキーがそう思って振り返ると、ルルもジャッキーと同じように柱の上を見上げていた。


その表情は強ばり、緊張しているように見えた。


それを見たジャッキーは近くにいた団員達に指示し、大きなネットを用意するように言った。


団員達はテントの裏に行って、4人がかりで漁業で使うような縄のネットを運んできた。


ジャッキーはそれを柱の両端に設置するように団員達に指示した。


団員達は左右の大きな柱にネットの端が何重にも撒きつけ、次第にネットは宙に浮いて大きなハンモックのようになっていった。


もし空中から誤って落下したとしても、この大きなネットが命を守ってくれる。


・・・しばらくしてネットの設置が終わった。


「大丈夫だから安心しなさい」


ジャッキーは怯えていたルルにそう言った。


「はい」


ルルは強ばりながらも安堵の表情を見せて、そう頷いた。


ジャッキーは右の柱についている梯子を使って上まで登るようにに指示した。


ジャッキーは左の柱に歩いていき、ゆっくりと梯子に足をかけた。


「ギシッ・・・ギシ・・・」


上っていくと梯子の木の軋む音がする。


ジャッキーは向かえのルルが登っている柱に目を向けた。


ルルはジャッキーが思っていたよりも怯えてはいないようで、梯子をジャッキーよりも早く登っていた。


それを確認したジャッキーは安心して自分の梯子を登りつづけた。


柱の上には人が乗れるくらいの大きさでに木で作られた円状の大きな板が設置されていた。


そこまで登ったジャッキーはその板の上に乗った。


板は無数の釘で打付けてあるので、大人のジャッキーが乗っても安定していた。


ジャッキーは柱に巻きつけてあった命綱を自分の腰のベルトに固く結びつけた。


向かえの柱にいるルルにも大きくジェスチャーして、命綱を付けるように指示した。


ルルも大きな板の上に乗って、柱に巻きつけてある命綱を自分のベルトに結びつけた。


命綱があったことでルルは安心してる様子だった。


・・・柱の下では「何が始まるんだ?」と団員達が集まりだし、柱に登ったジャッキーとルルを見上げていた。


団員達を尻目にジャッキーは手を大きく上げ、ルルに「いつものように!」と指示を出した。


ルルはブランコに掴まり、ジャッキーの方を見ている。


息を止め、ジャッキーが大きく上げた手を振り下ろした。


同時に、ルルは滑り出すようにブランコで宙を飛んだ。


ジャッキーもタイミングを計り、勢いをつけてブランコで宙に飛んだ。


ジャッキーとルルは目で合図し合い、タイミングを見計らってブランコの手を離した。


ジャッキーはルルの、ルルはジャッキーのブランコに飛び移った。


その2人の姿は背筋、腕、足などが直線に伸びている凛とした美しさがあった。


ジャッキーはそのままルルのいた右の柱の板に、ルルはジャッキーがいた左の柱の板に飛び乗った。


一度目の空中ブランコは成功した。


柱の下に集まっていた団員達の「おぉ・・」という感嘆の呟きがジャッキーには聞こえていた。


ジャッキーは安堵の溜息をつき、一度目で成功したことを素直に喜んでいた。


向かえ側にいるルルが満面の笑みを浮かべているのがジャッキーには見えた。


「もう一度!」


ジャッキーはルルに向かって、手を上げた。


ジャッキーとルルはそれから日が暮れるまで、何度も空中ブランコの練習を重ねた・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・・・サーカス「THE SOFT PARADE」公演の前日の朝。


ジャッキーは目覚めてはいるが、まだ自分のテントの中の簡易ベッドの上だった。


ジャッキーはこの2日間、徹底的にルルと空中ブランコの練習に明け暮れていて激しい筋肉痛と疲れでなかなかベッドから起きれないでいる。


(ルルは頑張ってくれた・・・)


ジャッキーはそう思いながら、枕元の小さなキャビネットに目をやった。


そこにはルルからもらったブラウンメタリックの包みのキャンディーが大事に飾られていた。


ジャッキーはこのキャンディーを簡単に食べることはできなかった。


このキャンディーがルルとの大事な絆のような気がしていたからだ。



突然、


「パシィィ!」


テントの外でルルの悲鳴と鞭の音、そして団長の怒号が聞こえた。


ジャッキーはベッドから飛び起きると、急いでテントの外に出た。


外ではうずくまるルルに、団長が何度も鞭を打っていた。


「何で言うことを聞けないんだ!お前は!」


鬼のような形相で団長はルルに向かって鞭を打ちながら、そう言った。


「大事なお客様なんだ、言われる通りやれ!」


両手で頭を押さえ、うずくまるルルを団長は茶色い編み上げのブーツで蹴飛ばした。


ルルは転がり、また背中を丸くしてうずくまった。


泥だらけで赤黒い鞭の跡が無数にあるルルのその姿は、まるで捨てられて傷ついた子猫のようだった。



(大事なお客様・・・?)


ジャッキーは団長の言った言葉の意味が分からずその言葉を反復したが、それよりも心の中にルルに鞭打つ団長に対して憎悪のような感情が沸々と生まれていることに動揺していた。


心の奥底から湧いてくるこの感情はジャッキーには生まれて初めてのものだった。


(やめろ!)


ジャッキーは激しい衝動に駆られていた。


憎悪を込めて見つめるジャッキーの視線に気づいた団長は、ジャッキーを無視しクルッと背を向けてゆっくりと自分のテントに戻って歩いていった。


ジャッキーはうずくまっているルルの側に走った。


「・・・大丈夫かい?」


ジャッキーはルルにどう声をかけていいのか分からなかった。


「・・・・・」


ルルは泣き声を殺し、うずくまりながら震えてる。


何度も話しかけても、ルルは黙ったままだった。


ジャッキーはルルに話しかけることさえできなくなり、うずくまるルルの側で立ち尽くした。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

その日、ジャッキーはルルとの空中ブランコの練習を中止することにした。


ジャッキーは考えていた。


利益主義で冷酷に自分達に鞭を打つ団長、見てみぬ振りをする団員達、奴隷のような生活、見世物としての自分・・・・そしてうずくまる泥だらけのルル。


( うんざりだ )


ジャッキーは自分の生まれ育った環境に初めて否定をしようと思った。


それを考えると冷たい汗が額から流れ落ち、体中が小刻みに震えた。


・・・気がついた時にはこの「THE SOFT PARADE」で生まれ育ったジャッキーは、今まで何も考えず耐えて生きてきた。


団長を親だと思い、鞭を打たれても、殴られても (ここで生きるしかない) と思い込んできた。


しかし、ジャッキーは朝のルルへの鞭を打つ団長の姿を思い出すと自分の中から激しい怒りが込み上げてくる自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった。


ジャッキーは団長を憎みはじめた自分の心に恐怖を感じていた。


(あの人を憎むなんて・・俺は何て恐ろしいことを!)


ジャッキーは我に返ろうと頭をブルブルと振った。


目を開けると、そこにはルルがジャッキーにくれたブラウンメタリックの包みのキャンディーがあった。


一生懸命、ブランコに乗るルルの姿、恥ずかしがるような笑顔でキャンディーをくれたルルの姿、泥だらけでうずくまるルルの姿がジャッキーの頭の中に交互に浮かんでいた。


(・・・・逃げよう。ルルを連れて、ここから逃げだすんだ)


ジャッキーはそう考えた。


(ルルを救わなくては・・・)


ジャッキーは自分はどんな事になろうが構わないとまで思った。


その感情を抑えきれずに椅子から立ち上がったジャッキーは自分のテントを出た。


そして、ルルのいるテントに向かった。


団長や団員達は会場のあるテントで明日の準備をしているので、周辺には誰もいなかった。


ルルのテントの前でジャッキーは一瞬、立ち止まった。


いつもの無表情、無感情の自分になろうと呼吸を整え、平静を装った。


「入るよ」


ジャッキーはそう言ってルルのテントの中に入った。


そこには簡易ベッドの上でシーツに包まっているルルがいた。


ジャッキーの声と物音に気がついたのか、ルルはシーツの中から顔を出した。


ルルは突然、ジャッキーが来たことに驚いたがすぐに気を取り直した。


「あの・・・練習、やります」


ルルはジャッキーの顔を見た途端、そう呟いた。


「いや・・・今日は中止だ。」


ジャッキーは落ち着いた口調でルルにそう言った。


「・・・・・」


ルルは何も答えずにジャッキーの顔を見つめている。


しばらく沈黙が続いた・・・。


「ここから逃げないか?」


ジャッキーは思いつめた心を吐き出すようにルルにそう言った。


「えっ!?」


ルルは聞き直すようにジャッキーの顔をマジマジと見た。


「明日、初日が終わったらドサクサに紛れてここから逃げるんだ」


ジャッキーはルルの顔を見つめながら、真顔でそう言った。


「逃げる?明日?・・・」


ルルは不安げに呟いた。


「明日、公演が終わったらここを出て、真っ直ぐ行くと67ストリートの看板がある。そこに「HARD BOILED SWING CLUB」というドクロの看板のお店があるから、そこで待ち合わせよう」


ジャッキーは強い口調でルルにそう言った。


「・・・・・」


ルルは少し考えているようだった。


「逃げよう。・・もう鞭を打たれるのは嫌だろ?」


ジャッキーはルルの目を見ながら、そう言った。


ルルは目を伏せて考え、何度も自分に言い聞かすように頷きはじめた。


「うん」


ルルは静かに返事をした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第5話に続く。
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第5話

ジャッキーはルルの「うん」という返事で、肩の力が抜けた。


それと同時に「THE SOFT PARADE」、そして団長の呪縛から逃げる決心を固めた。


「じゃ、明日」


ジャッキーはルルにそう言った。


「うん」


ルルも返事をしながら頷いた。


その時、見たルルの顔が希望に満ちているようにジャッキーには思えた。


ジャッキーは周りの様子を伺いながら、早々にルルのテントから出た。


そのままジャッキーは自分のテントに戻り、空中ブランコの練習を中止したので、明日の道化芸の練習を何度も繰り返していた。


空気を止めるように、手を動かし、表情を作り、足を止める。


その動きは的確で、まるで目の前に物体があるような錯覚を起こすほどリアリティがあった。


パントマイムを繰り返しながら、ジャッキーは頭の中で考えが駆け巡っていた。


(・・・俺はルルとここを逃げて暮らしていけるのだろうか?団長に追われて捕まり、酷い罰を与えられるのだろうか?)


・・・ジャッキーは練習を止め、簡易ベッドに仰向けになっった。


( 神様は守ってくれる )


ジャッキーは目を閉じて、両手を合わせて天に祈った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

その日の夜、ジャッキーは眠れずにベッドの上で、何度も寝返りをうっていた。


明日の曲芸のメニューとルルとの空中ブランコのシュミレーション、そして公演が終わり次第、どう逃げようか・・・


ジャッキーは何度も頭の中で想像していた。


その時、「サクッ・・・サクッ・・・」と外で足音が聞こえた。


(何だろう、こんな時間に・・・)


ジャッキーはベッドから起き上がり、静かに自分のテントの入り口を開けた。


暗闇にランプを持った紳士のような男が、団長のテントに入っていくのが見えた。


(・・・地元の後援者か)


ジャッキーは開いたテントの入り口を閉め、またベッドに横になった。


そして、腕と足を伸ばして背伸びをした。


その枕元にはブラウンメタリックの包み紙のキャンディーが大事に飾ってあった。


ジャッキーはそれを掌に置き、ゆっくりと御守りのように握りしめた・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「先日はルルが無礼をしてしまって・・・今日はゆっくり楽しんでいってくださいよ」


・・・団長は煌々と灯るランプの下で無数のドル紙幣を数えながら、そう言った。


団長のテントには先ほど、ジャッキーが見かけた身なりの良い紳士がいた。


その顔は端整でオールバックの髪、体系は細身でネイビーに白のストライプスーツにワインカラーのネクタイ、靴もイングランド製で艶やかな光沢を鈍く光らせている。


その紳士は67ストリートでは見かけない上流階級の匂いが漂っていて、身のこなしも気品があった。


端整な顔は冷たく、目は窪み、痩せこけた頬はその冷酷さをより一層際立たせた。


「おい、早くしろ。あの娘はどこだ?」


紳士は団長に高圧的な口調でそう言った。


「まぁ、そう焦らずに」


団長は肉汁が溢れだす様な笑顔で、紳士に宥めるようにそう言った。


そして・・・団長は紳士に新品の革の鞭を手渡した。


「殺さないでくださいよ。入ったばかりの娘ですから。」


団長は紳士に冗談交じりにそう言った。


「死んだら、また買えばいいじゃないか」


紳士は冷たく笑いながら言い放った。




・・・団長はテントの外に出て、一番端にある離れたテントに紳士を案内した。


そこは会場となる大きなテントやジャッキーや団員達のテントから、1つだけ離れた距離があるテントで団長しか入れない特別なテントになっていた。


テントの中に入ると、太いロウソクが何本も火が灯されてある。


血のついた薄汚れた簡易ベッド、黒い鉄の鎖、割れた注射器などがロウソクの薄明かりの中でうっすらと見えた。


「今、連れてきますから」


団長はそう言って、紳士をそのテントに残してルルのテントに向かった。


ルルのテントまで来た団長は入り口を開けて、中に入った。


中には簡易ベッドの上でルルがシーツに包まって寝ていた。


「おい!」


団長は寝ているルルを泥の付いた編み上げブーツで蹴飛ばした。


包まっていたシーツが剥がれ、ルルは下着姿で床に落ちた。


黒く痣になった鞭の痕、赤い血の痣が何箇所も入ったルルの肌が露出した。


ルルは目を覚まし、団長がいるのに気づいて震え始めた。


「あ・・・」


ルルは突然、蹴飛ばされた衝撃と怯えからか声にならなかった。


「今日も奴の言う通りにしろ」


団長は床で震えるルルを見下げながら、そう言った。


「嫌だ!嫌っ!」


ルルはそう叫ぶと震えて、首を横に振り続けた。


「ピシィ!」


団長は持っていた鞭でルルを打った。


「言うことを聞けないならここから出て行け!捨てられたお前を誰が面倒みてると思ってるんだ!」


団長は怒声を上げた。


ルルはその団長の怒声にますます怯え、震えて両手で耳を塞いだ。


団長は丸太のような太い腕を伸ばし、耳を塞いだルルの細い腕を掴んで持ち上げた。


ルルは軽々と団長に持ち上げられた。


「・・・少し痛いのを我慢すれば終わるんだからよぉ」


今度は拉げた猫なで声でルルに団長は言った。


「・・・ほら、またこれやるから」


団長はポケットの中からブラウンメタリックの包みのキャンディーを何十個も出して、ルルのベッドの上にドサッと置いた。


そしてルルをそのままテントから無理矢理、引きずるように連れ出した。


ノシッ・・・ズル・・・ノシッ・・・ズル・・・


ブルブル震えて抵抗するルルを団長はそのまま引きずり、一番端のテントの前まで来た。


そして入り口を開け、ルルを蹴飛ばしてテントの中に入れた。


「どうぞ、ごゆっくり」


団長は中にいる紳士にそう言って、テントの入り口に大きな施錠をかけた。


しばらくして・・・テントの中から鞭の音とルルの奇声にも似た悲鳴が聞こえてきた。


団長は振り返り、自分のテントに戻っていった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
次の日の朝。


「THE SOFT PARADE」の公演の日がきた。


ジャッキーは目覚めた。


そして、襤褸切れのようなバッグをベッドの上に置いた。


中には身の周りのものが入っている。


(今日の公演が終わって、お客さん達が帰るのに紛れて外に出て逃げるんだ)


ジャッキーは自分のテントから出て、深呼吸をした。


そしてルルのテントを見た。


(まだ寝てるのかな?)


ジャッキーはルルが気になっていた。


少し待ってもルルが起きてくる気配がないので、ジャッキーは会場の大きなテントのチェックをすることにした。


・・・中に入るとすでに動物達や団員達で最後の入念なリハーサルが行われていた。


大きな輪の中を潜り抜ける虎、煌びやかな衣装を着せられた象などもいた。


団長が他のサーカスで大きな動物の曲芸が人気と聞いて、急遽この日の為に虎や象を調達してきたらしい。


華やかな衣装を着た団員達が活気だっているのをジャッキーは感じていた。


段々、サーカス然としてくる周りの雰囲気にジャッキーもゆっくりと体温が上がってきていた。


ジャッキーは大きな柱の下にあるハンモックネットの結び目や、柱を梯子で登ってブランコの結び目、強度など細かいチェックをしていた。


すると・・・入り口からルルがフラッと入ってきた。


ジャッキーに気づいたのか、ルルはジャッキーの側に歩いてきた。


ジャッキーはルルに気づかず、柱のところで天井を見上げていた。


「これ」


ルルはジャッキーにまたブラウンメタリックの包み紙のキャンディーをくれた。


「お・・・ありがとう」


ジャッキーは一瞬驚き、気を取り直してルルからキャンディーを受け取った。


「ん?・・・・・・」


その時、ジャッキーはルルの手の甲や腕にある新しい赤黒い痣に気づいた。


ルルの顔を見てみると髪はベッタリと濡れ、唇は裂け、首筋には無数の注射痕、そして鼻を突く異臭がした。


瞼は泣き腫らしたように腫れている。


「これ、嬉しい?」


ルルは言った。


「これって・・・キャンディーのことかい?そりゃあ、嬉し・・・い」


ジャッキーはルルの異変に気づいた。


「嬉しい?・・・嬉しい?・・・・嬉しい?・・・嬉しい?・・・嬉しい?」


ルルは何度もジャッキーに聞いてきた。


鼻水を垂らし、裂けた唇から涎がしたたり落ちる「壊れた」ルルがそこにいた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第6話に続く。

HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第6話
 「いやー、今日の粗大ゴミ回収は疲れたな・・」


1日の仕事を終えたラッキーは煙草に火を点けながら、一緒に仕事をしたサムに言った。


「キングのところでも行こうか?」


サムは右手で「飲む」仕草をした。


「いいねー、行こうか!」


ラッキーはサムに笑顔でそう言った。


・・・そして2人は「HARD BOILED SWING CLUB」に歩いた。


2人の「カツ・・・カツ・・・」というエンジニアブーツで歩く音が夜の歩道に鳴り響き、ラッキーのブラス製のスペードマークのウォレットチェーンが「チャリ・・チャリ・・」と音を立てている。


「今月、金が足らんなぁ・・」


67ストリートの入り口まで来たラッキーは「67 ST」の古くなって錆びついたウッドプレートを見上げながら、ラッキーは独り言のようにサムに言った。

NCM_0011.jpg


「ん?」


サムは歩きながら、横にいるラッキーの顔を見ながら言った。


「あ、・・・ゴメン」


ラッキーは口を噤んだ。


「ああ、わかった・・・まだジュリアに金、送ってるのかよ?」


サムはあきれた顔をして、ラッキーに言った。


「・・・まあね」


ラッキーは煙草の煙を吐き出しながらサムに言った。


「もう何年、苦しんでるんだよ?・・・ジュリアの件はお前のせいじゃないさ」


サムはラッキーにそう言った。


「・・・いや、俺の責任だ。」


ラッキーはそう言った。


「だってさ、お前の代わりにジュリアは仕事に行って事故にあった。それは運命というか・・仕方がないことじゃないか?」


サムはラッキーにそう言った。


「俺がジュリアに仕事を頼まなければ、こんなことにはならなかったんだ」


ラッキーはそう言った。


「悪いタイミングだったんだよ・・・ラッキー、あまり自分を責めるなよ」


サムはラッキーの肩を叩きながら言った。


「サンキュー、サム。・・・だけど、俺は俺のやり方でジュリアに責任取りたいんだ」


ラッキーはサムにそう言った。


「・・・っていうか事故後、一度もジュリアに会ってないんだろ?」


サムは言った。


「・・・うん」


ラッキーは肩を竦めて、そう言った。


「何故、会いに行かない?」


サムは強い口調でラッキーにそう言った。


「前に行ったら拒絶されてしまったんだよ。ジュリアは足が動かなくて、もう一生車椅子の生活なんだ。俺がどの面(ツラ)下げて、会いにいけると思う?俺を憎んでるに決まってるじゃないか!」


ラッキーも強い口調でそう言った。


「そう・・・でもお金だけ振り込まれて、ジュリアは嬉しいのかねぇ?」


サムは頑固なラッキーに溜息をつきながら言った。


「治療費だって高額だ。ジュリアだって俺を憎んでると思うけど、金は何かの助けにはなっていると思うんだ」


ラッキーは着けていたセルロイド素材のウェリントンタイプのサングラスを人差し指で上げながら、そう言った。

NCM_0018.jpg


「金が「誠意」ってわけか・・相変わらずの「自己中」だな。あのねぇ、ジュリアも女だよ」


サムはラッキーにそう言った。


「・・・そうだよ。俺のせいで結婚もできない身体になってしまった」


ラッキーは呟くようにそう言った。


「・・・女心がわかっちゃいないねぇー、ラッキー君は」


サムはおどけた顔でユーモアたっぷりにそう言った。


「何でそこで「女心」が出てくるんだよ?」


ラッキーは意味が分からず、サムにそう言った。


「本気で分からないの!?・・・じゃあ、もういいよ。」


サムは「お手上げ」のポーズをしながら、そう言った。


「何だよ、それ・・・・」


その言葉を聞いて、ラッキーは納得がいかない様子だった。


ラッキーがサムと話を続けようと思った時、2人は「HARD BOILED SWING CLUB」のドアの前に着いた。


「まぁ、その話は今度。今日は飲もうぜ」


サムは陽気にそう言った。


「了解!」


ラッキーもそう返事をした。


「HARD BOILED SWING CLUB」のドアを開けると、ハウリンウルフのブルースが大音量で流れていた。


「イエー、いいね!」


サムはカウンターにいたキングに指で「GOOD」サインを送った。


「おっ、いらっしゃい。」


キングも「GOOD」サインでサムに応えた。


「お疲れ様です!」


ラッキーがキングに挨拶をした。


「おっ、ラッキー。ここんとこ毎日じゃないか?」


キングは笑顔でラッキーに言った。


ラッキーは思わず、照れ笑いをした。


・・・ラッキーがカウンターのチェアーに座る前にふと、店の一番奥のテーブルに目をやると1人の男と1人の少女が座っていた。


男が暖かいポタージュをスプーンですくって、「フゥ、フゥ・・」と息を吹きかけ、冷ましながらゆっくりと少女に飲ませている。


少女は微動だにせず、その男にされるままにポタージュを口に入れ、ゆっくりと胃に流し込んでる。


その少女の姿は人形のようで、無表情だった。


よく見ると・・・男も少女も服が所々破れ、血がシャツに滲んでいて怪我をしてる。


男は頭からも血を流していて、頬までその血が流れ落ちてる。


ラッキーから見たその光景は一種、異様な雰囲気でもあった。


(あれ?・・・あの人って)


ラッキーはその男の顔に見覚えがあった。


(あ、あのサーカスの人じゃん!)


・・・一番奥の席には「THE SOFT PARADE」から命からがら逃げてきたジャッキーとルルが座っていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第7話に続く。
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARDBOILED SWING CLUB 第7話
 (あの傷、何かあったな・・・)


ラッキーは奥のテーブルに座るジャッキーとルルを見て、そう思っていた。


突然、カウンターに座るラッキーの前にキングが「END OF THE WORLD VODKA (この世の果て)」が注がれたグラスを「トン!」と置いて、首を横に振る仕草をした。


(あ、他のお客には干渉するな!ってことか・・・)


ラッキーはキングに頷いて、ジャッキーとルルから視線を外した。


「キング、俺、「 MY BABE」ね!」


ラッキーの隣でサムがキングにお気に入りのカクテルを注文した。


「またあの砂糖みたいなカクテルかよ?」


ラッキーはサムの注文にあきれたように言った。


「あの甘さがいいんだ。体中にさ、あの甘いエキスが流れ込んでロマンティックな気分になるんだよ」


サムは満面の笑顔でラッキーに言った。


「へぇー、ロマンティックねぇ・・・。俺はこいつが最高だ」


ラッキーは「END OF THE WORLD VODKA (この世の果て)」を一口ゴクッと飲み込んだ。


「そういえばどうすんだよ?ラッキー」


サムが店内で流れてるハウリンウルフに指でリズムをとりながら言った。


「ん?何を?」


ラッキーはサムに聞き返した。


「何をじゃなくて・・・ほら、「HARLEM SHUFFLE(ハーレムシャッフル)」だよ!」

NCM_0012.jpg



サムはキングに目配せをしながら言った。


「ハーレムシャッフル」はハードボイルドスイングクラブで不定期に開かれるラッキーがリーダーのグループ「REBELERS」のパーティーだ。


「あー、そうだ!キング、来月の月末の土曜って空いてる?」


ラッキーはキングを見ながら、そう言った。


「空いてるよ。OKだ」


キングはサムに言われて、慌てて予約をするラッキーを笑いながら言った。


「んじゃ、決まり!サム、みんなに連絡しておいて」


ラッキーは煙草に火を点けながら、サムに言った。


「了解!」


サムは特製のカクテル「MY BABE」の砂糖漬けのチェリーを食べながら言った。


しばらく時が経ち・・・


ラッキーとサムはお気に入りの酒を飲みながら、ハードボイルドスイングクラブが醸し出す雰囲気とキングとの話に酔っていた。


ラッキーは奥の席にいるジャッキーとルルのことをすっかり忘れていた。


「ギィ・・・カラン・・・」


ハードボイルドスイングクラブのドアが開いた音が鳴った。


地下にあるハードボイルドスイングクラブは1階の入り口のドアから、らせん階段を下りてくるので見上げると入り口から誰が入ってきたかが見える。


ゆっくりらせん階段を下りてくるその男はポマードで撫で付けたオールバックの髪、細身のスーツ、金の時計という格好で、この67ストリートに「相応しくない」客だった。


「ガタン!」


突然、奥の席に座っていたジャッキーが恐怖に怯えた表情で慌てて席から立ち上がった。


座っているルルの場所に移動し、ルルを庇う様にその後ろに立った。


その震える手には鈍く光るジャックナイフが握り締められてる。


(あれ!?ヤバイんじゃねぇか・・・)


ジャッキーの様子を見て驚いたラッキーはサムに小声で囁いた。


(・・・どうする、ラッキー?)


サムもラッキーに小声で囁いた。


「バタン!」


突然、キングがカウンターから出て、ジャッキーとルルがいる奥の席に向かった。


そして、震えながらジャックナイフを構えるジャッキーに何か小声で喋りかけた。


ジャッキーは黙ってキングの言うことに頷いている。


「バタバタバタ!」


徐にキングは奥の席の側に置いてあった大きな屏風を音を立てて急いで広げた。


著名な刺青師によって描かれた虎が描かれているその屏風は、ラッキーがハードボイルドスイングクラブに通い始めた頃によくキングに自慢された天井まで高さがある大きい屏風だ。


そして、その屏風はジャッキーとルルの席を丸ごと隠してしまった。


キングは大きな身体に似合わない敏捷な動きで、カウンターに戻った。


「お前らは何もするなよ。」


キングはラッキーとサムに険しい表情で囁いた。


「いえ、何かあれば俺、やりますから」


ラッキーは真剣な表情でキングに言った。


「ラッキー・・・悪いけどお前が敵う相手じゃない」


キングはこのらせん階段を降りてくる男を知ってるような言い方だった。


「わかったか?ラッキー。手を出すなよ」


自分を心配してくれたラッキーの言葉を嬉しく感じたキングはラッキーの頭を撫でながら、諭すようにそう言った。


「へぇー・・・そいつ、そんなにヤバイんだ?」


らせん階段を見上げながら右指先でブルースにリズムをとりながら、左手でバタフライナイフをブーツから取り出したサムが不敵な笑顔でそう言った。


「サム!また務所に逆戻りだぞ。」


キングはサムの頬を撫でながらそう言った。


「チェッ!」


サムは不服そうに舌打ちをした。




「コツン・・・コツン」


・・・男がらせん階段で店に降りてきた。


櫛で撫で付けたブロンドのオールバックに端整な顔、青白い顔にブルーの瞳、冷たい表情をしている。


ラッキーとサムは男を見ようともせず、カウンターで引き続き酒を飲み続けているフリをしていた。


「お久しぶりです。お元気ですか?」


男はキングに頭を下げながら、そう言った。


「おう、久しぶりだな、ホワイト」


キングは何もなかったように男にそう言った。


「久々に67ストリートを歩いたんですが、皆さんお変わりなくて安心しました」


「ホワイト」とキングに呼ばれた男は笑顔でそう言った。


「ああ。・・・変わったのはお前だけだよ」


キングは挑むような目つきでホワイトにそう言った。


「私は何も変わってないですよ。ただこの町が僕には合わなかっただけですよ」


ホワイトは親しみのあるような口調でキングに言った。


「お前のその嘘臭い顔と言葉にはウンザリだ。お前は俺達「MIDNIGHTS」を裏切った。よくここに来れたもんだよ」


キングは強い口調でホワイトに言った。


「裏切った?・・・私は何もしてないですよ。キングは何か誤解してらっしゃる」


ホワイトはキングから視線を逸らさずそう言った。


「そうか?・・・俺は「あの事件」の張本人はお前だと思ってるんだけどな。」


キングもホワイトから視線を逸らさずそう言った。


「ああ、「あの事件」ね。キングは私を疑ってるんですか?悲しいなぁ・・・」


ホワイトは唇を歪め、わざと悲しそうな表情でそう言った。


「お前は金と欲望の為なら何だってやる。そういう男だ。そうだろ?」


キングは取り出したメンソールの煙草にオイルライターで火を点けながら言った。


「・・・キング、「正義」と「悪」ってどちらがパワーがあると思いますか?」


ホワイトは突然、キングに質問を言い出した。


「さあな。そんなの知るかよ」


キングは煙草の煙を吐き出しながら、そう言った。


「私は理論や理屈、法律でがんじがらめの「正義」より、「悪」と言われる「傲慢」、「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠情」、「嫉妬」を心から欲してるし、楽しめるんです」


ホワイトはキングにそう言った。


「「七つの大罪」か。・・・だからなんだ?」


キングはブーメラン型のアルミの灰皿に煙草の灰を落としながらホワイトに言った。


「いえ・・・それが一般的に「悪」というなら私は「悪」の方がパワーが強いと思んですよ。私の中では一般的な「悪」と称されるものは全て僕の「欲望」と当てはまってしまうんです。どうしても手に入れたいし、その中に埋もれていたい。」


ホワイトは淡々と語った。


「だから?」


キングは苛々した口調でホワイトに言った。


「「友情」、「愛」、「協調」、「仲間」、「優しさ」・・・それと「正義」ってのはヘドが出ちゃいますねぇ」


ホワイトは笑いながらそう言った。


「・・・・」


キングは溜息で煙草の煙を吐き出し、黙っていた。


「・・・ところでこの男を見かけませんでしたか?」


ホワイトはスーツの胸ポケットから一枚のフライヤーを出した。


サーカス「THE SOFT PARADE」のフライヤーだった。


そこにはピエロのジャッキーの顔が描かれてる。


「知らん。・・・ウチの店には来てないな。」


キングは吐き出すようにそう言った。


「そうですか。実はこの男、サーカスのピエロをやっていた男なんですがね・・・」


ホワイトは店を蛇の目の様に見渡しながら話を続けた。


「先ほど育ての親だった団長を刺し、しかも団員だったいたいけな少女を無理矢理誘拐して逃げているのです。」


ホワイトは屏風を見つめながらそう言った。


「ふ〜ん。・・・で、何でお前が動いてるんだ?」


キングは屏風を見つめるホワイトを睨みつけるように言った。


「このサーカス、私が出資していたのです。今日、開演だったサーカスも中止になりましてね・・・私の組織が莫大な損害を被ってしまいました。」


ホワイトは屏風から視線を外さず、そう言った。


「なるほどね。じゃあ、見かけたら連絡する」


キングは話を早く切り上げる為か、面倒くさそうにホワイトにそう言った。


「ありがとうございます。まさかとは思うんですが・・・キングお得意の「正義」で匿ったりしないでくださいね」


ホワイトは屏風を指差しながら、そう言った。


「・・・はぁ?」


キングは怒りに満ちた顔でホワイトにそう言った。


「いえいえ・・・キングがこの世から消えたら残念だなぁ・・なんて思いましてねぇ」


ホワイトは薄ら笑いを浮かべてそう言いながら、屏風のある奥の席にゆっくりと歩きだした。


「コツ・・・コツ・・・」


ホワイトの英国製高級革靴の音がフロアに響き渡る。


それを見つめるキングは緊張した面持ちでカウンターの下で拳を握り締めてる。


ラッキーはいつでもホワイトに殴りかかれるように、カウンターのアリゲーターチェアーから音を立てずに静かに降りた。


サムもゆっくりとバタフライナイフを回して刃を上にして、背中に忍ばせた。


そして、店内のブルースに合わせ、指でリズムをとりながらタイミングを計りはじめた・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第8話に続く
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第8話
 「カツ・・・コツ・・・」


ホワイトは屏風の手前まで歩いて、足を止めて屏風をジッと見つめていた。


屏風の裏にはジャッキーとルルが隠れている。


キングは睨みつけるようにホワイトの動きを見ていた。


ラッキーとサムは飲んでいるフリをしながら、ホワイトに殴りかかるタイミングを待っている。


すると突然、ホワイトがこちらを振り向いた。


「・・・もし、この裏にあのピエロと少女がいたとしたら、面白いですねぇ・・・」


ホワイトは不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。


「いるはずないだろ」


キングは落ち着いた口調でホワイトにそう言った。


「・・・まぁ、少し話をしましょうか」


ホワイトは氷のような瞳でキングにそう言った。


「あ、その前に・・・そこの黒いの、ナイフを床に落とせ。横の奴は椅子に座れ。」


ホワイトはラッキーとサムに向かって、そう言った。


「!?」


ラッキーは驚いた表情でキングを見た。


「・・・2人とも言う通りにしろ」


キングはラッキーとサムに言った。


ラッキーは溜息をつきながら、クロコダイルチェアーに座りなおした。


「チェッ!」


サムも舌打ちをして、不満気に背中に隠したバタフライナイフを床に投げた。


「こういう若者を見ているとMIDNIGHTSを思い出しますねぇ・・・キング」


ホワイトはニヤニヤしながら、そう言った。


「MIDNIGHTSはもう昔の話だ。」


キングはホワイトから視線を離さず、そう言った。


「さっき、MIDNIGHTSの「あの事件」の話が出ましたでしょう?あれ、話しましょうか?」


ホワイトはスーツの襟を正しながら、キングにそう言った。


「・・・・」


キングは何も言わずに黙っていた。


ホワイトは顔を上げ、遠くを見るような目で語りだした。


「・・・私はMIDNIGHTSを67ストリートで1のチームにしたかったんです。子供の頃から誰とも馴染めなかった私はMIDNIGHTSこそが自分の居場所だと思ってました」


ホワイトは淡々と言った。


「・・・・」


キングは腕組みをして黙ったままだ。


「だから、私は愛するMIDNIGHTSの皆さんに「やり方」を教えただけです。」


ホワイトは冷酷な笑みを浮かべて、そう言った。


すると、キングが怒りを顕わにしてホワイトに言った。


「「やり方」だと!ふざけるな!MIDNIGHTSは礼節を重んじ筋を通すチームだった。・・・お前が来てからMIDNIGHTSが変わりはじめて、最後には破滅のような終わり方で解散しちまったんだ。」


キングが話を続けた。


「窃盗、クスリ、詐欺、嘘、裏切り・・・そんなことをする連中じゃなかった。お前だろ、ホワイト。皆を唆したのは?」


キングはホワイトを睨みつけながら言った。


「唆す?とは失礼ですねぇ。皆さんが「そうしたい」というから、「お仕事」を紹介しただけですよ」


ホワイトはムッとした表情で言った。


「今まで一枚岩となっていたMIDNIGHTSの半分以上が窃盗や傷害、詐欺で捕まり、残った連中はクスリ漬けで廃人同様。


俺は絶対にお前が裏で何か動いてると思ってた。


お前、皆に「これを盗んだら金をやる・・・こいつを刺したら金をやる・・・この身代わりになって出頭したら金をやる・・・このクスリを売ったら金をやる」って金をちらつかせて皆を騙したんだろうが!」


キングは怒りに任せて、怒鳴るようにホワイトに言った。


「だからぁ・・・」


ホワイトはキングを馬鹿にしたような口調で言った。


「キングは誤解してらっしゃる。皆さんは私に「騙された」のではなく、自ら「そうしたかった」のです。・・・ボブさんを憶えてますか?」


ホワイトは「ボブ」という男の名前を口にした。


「ああ。俺の大事な仲間だったよ。今はどこにいるかもわからねぇけどな」


キングはぶっきら棒にそう言った。


「・・・ある事件がありましてね。男に娘が暴行されて殺されてしまった老夫婦がいたのです。


私はその老夫婦から「娘の仇を討ってくれ。金はいくらでも出す」と嘆願されておりました。


それをボブさんに話したら、その老夫婦に同情したボブさんが「自分がやる」と言って「仇」を実行してくれたわけです。・・・私はボブさんを唆したのでしょうかね?」


ホワイトはキングにそう言った。


「お前がボブの性格を知っての上で、その正義感を利用したんだろ!」


キングは怒鳴るように言った。


「キング・・・全てMIDNIGHTSのリーダーのあなたが悪いんですよ。その辺、あなたは理解されてなかったんじゃないですか?」


ホワイトはそう言いながら、わざと哀れむような表情を作ってキングに言った。


「・・・・俺の何が悪い?」


キングは憮然とした表情でホワイトに言った。


「・・・MIDNIGHTSの皆さんはあなたの言う「礼節を重んじ筋を通す」のに疲れてたのです。あなたの「正義」は理屈と理論で疲れるんですよ。


「正義」では全然、お腹がいっぱいにならないのです。


「正義」では心も満たされない。


「正義」のカタルシスでは酔えないのです。


「正義」では生活ができない。


・・・皆さんは小さな仕事の微々たる収入で生活が苦しかった。


借金に苦しんでる人も多かったのを、リーダーのあなたは知ってましたか?


私は皆さんは生活の為にも「お金」を与えたかったのです。そしてその為に「お仕事」を与えただけです。

しかも、あなたやMIDNIGHTSのメンバーの大好きな「正義」の「お仕事」を探して与えたわけです。


私はあなたに感謝してもらいたいくらいですよ。」


ホワイトは挑むような目でキングを見た。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第9話に続く!
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第9話
 「ホワイト・・・お前は間違ってる」


キングは呟くように言った。


「お前のせいでMIDNIGHTSのメンバーはパクられたり、病院行きになっちまった。それがお前の「正義」か?どちらが正しいのかは結果、一目瞭然だろ」


キングは力強い目でホワイトを睨み返した。


「フフフ・・・」


ホワイトは唇に笑みを浮かべて笑いはじめた。


「・・・キング、それはあなたの仲間達が「弱すぎた」んです。暴力や快楽、金の欲望の体積が大きすぎて、それに怯え、それに溺れ、それを処理しきれず自分を見失ってしまったんですよ」


ホワイトは淡々とそう言った。


「みんなはお前とは違う。お前のように根っからの悪人じゃないからな!」


キングは吐き捨てるようにホワイトにそう言った。


「まぁ、弱い生き物は自然界であれ、人間界であれ死ぬしかないですからねぇ・・・弱いものは強いものに食われるしかないですから。」


ホワイトは楽しそうな表情でそう言った。


「・・・もういいだろ。さっさと帰れ!」


キングはホワイトの言葉を遮るように怒りの混じったような声でそう言った。


「・・・・いえいえ、今からが本番ですよ。キング。」


ホワイトは冷たい笑みでキングを見つめた。


ホワイトとキングの会話が途切れ、店内には緊迫した空気が流れた。


すると突然!


HARD BOILED SWING CLUBのドアが「バタン!」と開いた音がした。


「バタ・・バタ・・バタ・・」とらせん階段を早足で降りてくる靴音が聞こえた。


ラッキーが階段の上を見上げると、黒いダークスーツの男が2人降りてきているのが見えた。


(・・・ホワイトの仲間か?面倒になってきたな)


ラッキーは自分の近くに武器になるものはないかと見回した。


店内の角に何かの部品と思われる鉄パイプが無造作に置いてある。


(しょうがない。あれを使うか・・・)


ラッキーはいつでも鉄パイプを取れるように身構えていた。


「バタ・・バタ・・バタン!」


ダークスーツの男2人が店に入ってきた。


2人ともホワイト同様、67ストリートには似つかわしくない雰囲気だった。


そのうちの1人がキングやラッキー、サムに目もくれずにホワイトに駆け寄った。


「ボス・・・」


男はホワイトの耳元で囁くように何かを言っている。


ラッキーは耳を澄ましたが、「ボス」までしか聞き取れなかった。


「ワハハハ!」


男から何かを聞いたホワイトは高笑いをした。


「そうか。ご苦労だったな。あとは午前中に指示した通りにやれ。わかったな?」


ホワイトは男に言った。


「はい、ボス」


男はホワイトにそう言って、すぐにもう1人の男と「バタ・・バタ・・」とらせん階段を登って帰っていった。


「急用が入ったので私も帰ります」


男から「何か」を聞いたのか、上機嫌になったホワイトはキングにそう言った。


「ああ、さっさと帰れ!」


キングは追い出すようにホワイトに言った。


「キング、命拾いしましたねぇ・・・」


ホワイトは満面の笑顔でキングに言った。


「何がだ?」


キングは不機嫌そうにホワイトに言った。


「私はね、あのサーカスに出資した金さえ戻ってくればピエロの男にも、あの少女にも興味がないんです。あの2人を消したって金は戻ってきませんから。」


ホワイトは18金の櫛をスーツの胸ポケットから取り出し、髪を撫で付けながらキングにそう言った。


「だから、何だ?」


キングは苛々した口調でそう言った。


「明日、明後日の新聞でも楽しみにしていてください」


ホワイトはうすら笑いを浮かべて、らせん階段の方に歩きながらキングに言った。


らせん階段の手摺りに手をかけながら、ホワイトは足を止めた。


「屏風の裏の2人にも宜しく伝えておいてください」


ホワイトはそう言って、らせん階段をゆっくりと登って帰っていった・・・。




「・・・お前達、悪かったな」


キングはホワイトが帰ったのを見計らって、ラッキーとサムにそう言った。


「何なんですか、あいつは?」


ラッキーはアリゲーターチェアーに座りなおしながら、キングにそう言った。


「酒がまずくなったっすよ、もう!」


サムは床に転がったバタフライナイフを拾いながら、独り言のように言った。


「ああ、悪かったよ、サム。これは俺からサービスだ」


キングはサムに「MY BABE」をもう一杯注ぎなおした。


「ありがとう、キング!」


サムは笑顔でキングにそう言った。


「あの2人・・・どうするんですか?」


ラッキーは屏風の方を見ながらキングに言った。


「ホワイトにはバレてるし、タイミング見てこの街から逃がすしかないだろ」


キングはラッキーにそう言った。


「あいつ、何かあったんですかね?あのダークスーツの男が耳打ちしてから突然、上機嫌でしたよ」


ラッキーはキングに言った。


「ああ・・・」


キングは何か知っているような感じの表情だった。


「新聞、読んだらホワイトがどういう人間かがわかる。ラッキー、お前はホワイトと関わるなよ。サムもな。」


キングはラッキーとサムに強い口調で言った。


「はーい」


サムはおどけた口調でキングに言った。


キングは笑い、ラッキーとサムもキングの笑いに誘われるように笑った。


キングはラッキーとサムのいる間も屏風をそのままにしていて、気がついたように時々フライドポテトやオレンジジュースを屏風の裏にいるジャッキーとルルに運んでいた。


(ちゃんと逃げられればいいな。あの2人)


ラッキーはそんなことを思いながら、「この世の果て」を飲み続けた・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

2日後・・・


ラッキーが布団に包まって寝ていると「ドン!ドン!」とドアを叩く音がした。


「ラッキー!ラッキー!起きろよ!」


サムの声がする。


(・・・あれ?今日の仕事、朝からか?)


ラッキーはモゾモゾとベッドから転がるように起きて、ドアを開けた。


「今日、朝から?」


ラッキーは頭を掻きながら、サムに言った。


「これ、見ろよ、ラッキー」


サムは怯えたような顔でラッキーに新聞を見せた。


「ん〜?」


ラッキーは寝ぼけた感じでサムの広げた新聞の面を見た。


「どこ?」


ラッキーはサムに言った。


「ここ、読んでみろよ」


サムは新聞の下の方にある小さな記事を指差した。


「「サーカス 「THE SOFT PARADE」団長 事故死」

昨日未明 67ストリートの路上で倒れている男性がいるのが発見された。

調べによると男性は車ではねらた後、引きずられて放置され死亡した模様。

警察は昨日未明、出頭してきたエドガー・ロイド(25)を過失致死傷と道路交通法違反で逮捕した。

死亡した男性はサーカス 「THE SOFT PARADE」団長 ゴア・ボンゾ 氏(53)。

鑑識によるとボンゾ氏は過度の泥酔状態だったようで、サーカス 「THE SOFT PARADE」も先日、トラブルにより上演を延期していた。」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第10話につづく
HARD BOILED SWING CLUB | - | -
HARD BOILED SWING CLUB 第10話

ブルーム街中心部の大理石を積み上げた高級マンション。



玄関までの長い大理石の階段、アールデコ調の技巧などを凝らした豪勢なそのマンションはブルーム街の住人の憧れだった。



そのマンションには企業の創始者、事業家、社長、芸能人など、いわゆる「成功者」と呼ばれている人間達が住んでいる。



ホワイト・フランシスはその最上階の部屋で大きな窓からの朝の白い光に包まれながら、遅めの朝食をとっていた。



ポマードで撫でつけた金髪のオールバック、頬が抉れたような真っ白な顔がライトブルーの瞳を一層、引き立てている。



エメラルドグリーンのベルベッドガウンを身に纏ったホワイトはマホガニーのチェアーに姿勢良く座ってナプキンを首から下げている。



チェアーとお揃いの大きなマホガニーのダイニングテーブルには焼きたてのクロワッサン、新鮮なバター、朝に採れたばかりの卵のスクランブルエッグ、オレンジを丸ごと絞ったジュースなどが並んでいた。



ホワイトは部屋に静かに流れるクラシックの戯曲を堪能しながら、ゆっくりと食事をしている。



天井には豪華なシャンデリア。



5メートルの長さがある重厚なシープスキンのソファー。



大理石に囲まれた暖炉。



18金のパンサーのオブジェ。



・・・塵1つないその部屋は独特で静粛な雰囲気を醸し出していた。



ホワイトがオレンジジュースを手に取り、一口飲んだ時に部屋の入り口が「トン、トン」とノックされた。



「・・・入れ」



ホワイトは金色の眉を不機嫌そうに上げながら言った。



「失礼します」



男はドアを開けて、部屋に入った。



男はブラックスーツで屈強な体格をしている。



先日、HARD BOILED SWING CLUBに来たホワイトの手下だ。



「ゴア・ボンゾの件、全て計画通りに進んでおります」



男は無表情で言った。



「そうか・・・状況はどうだ?」



ホワイトはオレンジジュースを飲みながら男に言った。



「はい。ゴア・ボンゾは調べた通り、自分の保険金の受取人を父親にしておりました。ボンゾの父親にはこちらの迷惑料など10万ドルを「THE SOFT PARADE」の負債に追加した書面を弁護士に作成させ渡しております。」



男は淡々とホワイトに報告した。



「あの団長が保険に入っていたのは意外だったな・・・しかし、あのボンゾの父親だ。簡単には判子を押さんだろ。」



ホワイトはバターナイフでバターを少し取りながら言った。



「はい。「自分には関係ない」と突き返されました。なので、当初のボスの計画通りに事を進めております。」



男は言った。



「で、順調に進んでるのか?」



ホワイトは部屋の温度で少し溶けたバターをクロワッサンに塗りながら言った。



「はい。こちらからはパイソンを父親の元に派遣しております」



男はホワイトにそう言った。



「パイソンか・・・。父親が書類に拇印を押すまではどんな手を使っても構わん。」



ホワイトはクロワッサンを一口齧りながら、男にそう言った。



「はい。パイソンは「THE SOFT PARADE」の団員でボンゾの世話になったということでボンゾの父親の家に通うように仕向けました。ボンゾの父親は妻を亡くし、孤独な晩年を送っていたようで毎日家に来て自分の世話をしてくれるパイソンに心を開いてきたようです。」



男は話を続けた。



「最近ではパイソンはボンゾの父親と寝食共にしはじめ、当初は心を開かなかったボンゾの父親も最近ではパイソンに息子のような愛情を持ちはじめているようです」



男は言った。



「・・・あとはタイミングをみて「ビタミン剤」投入か」



ホワイトは薄い唇に笑みを浮かべて言った。



「はい。ボンゾの父親には来週からパイソンが致死量以上の薬を毎日摂取させる予定なので一週間もしないうちに精神障害、記憶障害などを引き起こすと思われます。」



男は直立不動でそう言った。



「あとは廃人にして書類に拇印を押させてOKだな。出頭したロイドの件は?」



ホワイトはライトブルーの瞳で鋭く男を睨みながら言った。



「はい。出頭前に10000ドル渡してあり、ロイド本人、家族とも刑期の件まで了承しております。本人もこちらのカンパニーが世話をしている男なのでこちらを裏切りった場合、どういうことになるかはロイドも十分理解していると思います。警察に関しては、ブライトン議員からの圧力で事件性がないものとしてすでに処理済みであります」



男は言った。



「わかった。ブライトンには私から連絡しておく。・・・仕事に戻れ」



ホワイトは男に言った。



「はい。・・・それと・・・」



男はホワイトに何かを言いかけた。



「なんだ?」



ホワイトは男に言った。



「あのピエロの男と少女の始末は如何いたしましょう?」



男はホワイトに言った。



「・・・金にならないゴミは必要ない。放っておいていい。」



ホワイトは男に言った。



「了解いたしました」



男はホワイトに一礼をし、ドアを閉めた。



「バタン」



・・・ホワイトは何もなかったように、銀のナイフとフォークでスクランブルエッグを口に運び食事を続けた。



その広い部屋にそのナイフとフォークの「カチャ・・・カチャ」という音だけが響き渡っていた。



ホワイトはナイフとフォークを動かしていた手を止めた。



(・・・退屈だ )



ホワイトは首元にしていたナプキンを外し、口を拭いた。



そしてゆっくりとチェアーを後ろにずらし、席を立った。



そのまま、ブルーム街が見渡せる大きな窓の前までホワイトは歩いた。



「足らん・・・足らんな。」



ホワイトは窓からブルーム街を見下ろしながら、独り言のように呟いた。



( 私は何が欲しいんだ・・・?)



ホワイトはブルーム街を歩く人々を見下ろしながら思った。



(「お金があれば何でも買える。だけど人の心までは買えないのよ」ってアンジーによく怒られたな・・・「人の心」さえも鬱陶しい私は何を買えばいいんだい?)



ホワイトは後ろを振り向き、大理石の暖炉の上に飾ってある金の装飾が施してあるフォトフレームに目を向けた。



そのフレームの中には美しいドレスを纏った女性が微笑んでる写真があった。



「お前がいないと孤独だよ、アンジー」



ホワイトはフォトフレームの中の女性の写真に話しかけた。



「・・・・・」



ホワイトは黙ってフォトフレームを見つめていた。




「だけど・・・お前が生きてたら、また私の生き方を否定して責めたてるんだろうな」



ホワイトは自虐的に笑みを唇に浮かべ、写真の女性にそう言った。



写真の中の女性は優しく微笑んでいる表情をしていた。



「・・・アンジー、教えておくれよ」



ホワイトは目を閉じて寂しそうに呟き、うなだれた・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

第11話に続く!

HARD BOILED SWING CLUB | - | -
twitter

翻訳
Archives
Search this site :