ラウドミュージアム オープン!
 「オレ達ゃ何年間!湘爆とケンカしてきたんだ!!」 (地獄の軍団 権田二毛作様の名台詞)




どーも、”パープルハイウェイ オブ エンジェルス”半沢ッス。




6/20入荷予定だった”PUNKY MOTORCYCLE BELT”が早めに入荷しました!




S(28〜30インチ)、M(30〜32インチ)、L(32〜34インチ)です。





艶消しの黒ピラミッドスタッズがパンキーな匂いをさせますぜ。




そのピラミッドスタッズをベルトの左右に施して、ROCK54氏デザインのjospロゴがプリントされてます。



HPには近日、アップします。価格は¥13440(税込)です。




店には入荷してますので、気になる方は問い合せくださいね!


info@johnnyspade.co.jp



夜路死苦。



ではでは続き!

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遂にジョニースペード本店「ラウドミュージアム」はオープンした。




「ラウドミュージアム」は会社名ではあるけど、そのまま店の名前にした。




意味は「轟音の博物館」。




お客さん達は今も「ジョニースペード」、「ジョニスペ」、「JOSP」って呼んでるけどね(笑)。





今から6年前になります。




オープンの日は俺、コスビー、アッキーの三人でテーラードジャケットなんか着て「一応、正装しようぜ」なんて言って・・・オープンの日のお客様を出迎えた。




沢山の花と仲間とお客さんに囲まれて・・俺は嬉しかったよ。




コスビーも大変な仕事をやりきった充実感のある顔をして、終始笑顔だったね〜。でも細かいところが気になるらしく・・・お客さんが来ていても、目で内装のチェックを欠かさなかったわ(笑)。




店内は・・・真っ白な高い天井に無数のスポットライト




白い壁と彫刻のようなファイヤーパターン




広いボックスになった試着室




50’Sを感じさせる大きな観葉植物




白木をカットして一枚一枚貼り付けたオレンジステインの床




Tシャツをアートの本のように見せる為の斜めの棚




Fホールの什器




白い革を張ったアクセサリーも置けるレジ台




真鍮で造った「LOUD MUSEUM」のサイン




Fホールのマットなどなど・・・随所にコスビーのこだわりが発揮されていた。




大音量で流れるロカビリーやアメリカングラフィティがコスビーの内装をまた印象的にしていた。




商品もジョニースペードの他に海外ブランドはエドハーディー、セイラージェリー、シルバースター、そして国内からはラストフォーライフと充実した品揃えだった。





オープンの日は大盛況で俺は店を出して本当に良かったなぁなんて思ったよ。




今まで10年間、どんな人達がジョニースペードを買ってくれているかも知らずに商品を作っていたから・・・お客さんと話をしながら、商品を買ってもらうということが凄く新鮮だった。





ラウドミュージアムのオープンと一緒にHPもリニューアルした。





ジョニースペードは「BURST」に掲載されてる時からHPを運営していたんだけど、俺が適当に商品アップするもんだからズレたりして、メチャクチャになってた(笑)。




この時から橋本さんと八巻さんがジョニースペードのHPを一手に引き受けてくれるようになった。





リニューアルも大変で・・・ジョニースペードの商品量の多さにかなりの撮影時間を費やしたのを憶えてるよ。




Tシャツだけで何十種類もあるしね(笑)。





現在も商品アップや撮影、メルマガは八巻さんが頑張ってくれてる。




ありがたや。




・・・・こんな感じでラウドミュージアムはオープンし、発進しはじめた。



次回に続く!


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今日はMOTORHEAD!

INNSANITYのメンバー全員共通で好きなバンド。

今回は「ACE OF SPADES」にしようかな?って思ったけど、MOTORHEADの曲の中で俺が一番好きな曲にしました。

ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
店舗のすすめ PART5
 「ドンマイケルッ」 (ROCKBEAUTY 七海様のブログからパクリ)

 http://josprock.jugem.jp/                                    



ども、従業員のブログからギャグをパクる情け容赦ない非情な男 界王半沢ッス。



では続き!


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ジョニースペード本店 ラウドミュージアムの完成も間近に迫ってきた。




コスビーは2メーター以上ある什器に着手していた。




脇にグレッチのギターのようなFホールの穴を開けるのに苦戦していたのを憶えてるよ。




一ヶ月の予定が2〜3ヶ月に延びていたけど、コスビーの執念に俺はもうそんなことは関係なかった。




だって俺の店の為に、寝食削って頑張ってくれてるんだもの。





コスビーも何でも作れるといっても弱点があって、電気や照明関係はさすがにできないようだった。


 


そこで登場してくれたのが、NAKED YEGGSの日下君だった。





日下君は昔から事務所に顔を出してくれていた人物でもある。






・・・前に俺がちょっと人とトラブって困っていたことがあったんだけど、その日に日下君が事務所に来てくれていて・・・俺も思わずその事を日下君に喋ってしまったことがあった。





そん時に日下君は「俺も行きます!半沢さん一人で行かせるわけにはいかない」なんて泣ける言葉を言ってくれたときがある。





俺は「何、言ってるの。大丈夫だよ、気持ちだけ受け取っておくよ」なんて言ったんだけど・・・心の中はそんなこと言ってくれる日下君がありがたくて・・・嬉しくてね。



 

そんな日下君がラウドミュージアムのサウンドシステムを引き受けてくれて、BOSEのスピーカーを天井に付けるのに場所を色々と試していたり、配線を見せないように鉄パイプから通したりと頑張ってくれた。





いつの間にかラウドミュージアムの中はPASSING TRUTH DRIVE畠山君、ツカサ君、NAKEDYEGGS日下君と人数が増えて活気が出てきた。





コスビー含め、このメンバーが揃って内装をやってるなんて・・・ここはバードランドか!って話で(笑)。見る人が見たら豪華な面子だ。それぞれ仙台でも有名なバンドの人達だしね。






最初、一人ぼっちで頑張っていたコスビーもみんなが来て手伝ってくれてるので、最後の力を振り絞っていた。






俺は俺で・・店舗用のジョニースペードの商品の追加生産やアメリカからセイラージェリーやエドハーディー、シルバースターを仕入れたりと内装が終わったらすぐに商品を並べられるように動いていた。





コスビーは試着室に非常に拘ってもいた。





試着室を通常より大きくしてカーテン等ではなく、ドアのスタイルにするように設計していた。






ドアノブを排除し中から押して出られるようにして、外は革紐で引っ張って開けられるようにしていたね。





荷物を置けるように中に台も作ってたし、ドアを開ける音にも拘っていて・・・開けると「ガチッ」とリッチな音色が聞こえるように工夫していた。






床の部分も板を全部一枚一枚カットして、オレンジステインを塗って床全体に張り詰めた。






店全体が白とオレンジに統一されて、コスビーがイメージする全体像がハッキリとしてきた。






椰子の木とかが入れば、アメリカにあるんじゃないか?みたいなお店になっていた。俺は最初、黒い鉄で真っ黒に・・なんてデカダンススタイルに思っていたんだけど、コスビーのこのロックンロールスタイルの内装で本当に良かった!ってこの時に実感したよ。






苦戦していたFホール什器もすごくカッコイイのが出来ていた。パイピングまで付けてゴージャスな仕上がりだった。





コスビーは疲れきっていたんだけど・・・それでも踏ん張って仕事をしてくれていて、俺はそんなコスビーの姿を見る度、痛々しくも思っていたし、頼りにもしていた。






ヨネちゃんも来てくれて、事務所側のペンキをカッターで掃除してくれたりと色々と手伝ってくれた。






店の完成も遂に近づき・・・






最後はマンチーズのカタケン君が来てくれて、店全部をクリーニングしてくれた。






汚れていた店のガラスや床や壁に貼り付けていたビニールを剥がして、一気にクリーニングしたんだけど・・・ホント、キレイになっていく様は感動したね〜。






そしてそのクリーニングしている最中、コスビーは仕事途中で座り込んで寝てしまった・・・俺から見ても人間の限界超えてたしね。ほとんど全部、一人で店一つ内装しちゃったんだから。






手伝ってくれていた皆はコスビーを起こさないように・・コスビーを避けながら作業してくれていた。






本当にお疲れ、コスビー。あん時の恩は今だって忘れてないぜ。




次回に続く!


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今日は俺の憧れ、DAVIDBOWIE様!

俺は15歳から憧れ続け・・その変化を続けるボウイにいつでもノックアウトでした。

色々、アップしたいんだけど・・今日はコレで。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
店舗のすすめ PART4
 「夏・・・海岸・・・湘南☆俺」




どーも、半沢っす。


・・・というわけで、6/20入荷商品のお知らせです。


今回はパンキーなスタッズベルト、メッシュキャップ2型、復刻デザインのポロシャツ4型になります。


お楽しみに!


では続き!


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ジョニースペード直営店「ラウドミュージアム」の内装のテーマが「グレッチ」に決まった。




コスビーは壁と天井を白に塗りつぶす作業を終えて、今度は木材の仕入れに奔走していた。




ロックンロールスタイルならコスビーはかなり熟知している男なので、どんな内装になるのか俺はワクワクしていた。




俺は俺で事務所で通常の業務をこなしていたので、なかなか忙しくて手伝いに行ける状態ではなく・・・今回のお店の件はコスビーに全て依存した状態ではあった。




日々の進行の状況を電話連絡してもらう感じで・・・どこまで進んでるのかはそれで把握している感じだった。




ある日、夜中の12時頃にコスビーから連絡が来た。




「ちょっと来てもらっていいですか?見てもらいたいんで」ってコスビーから連絡が来た。




俺はすぐ着替えて、車を飛ばして店に駆けつけた。




冬だったのでダウンジャケットを着ていったのを憶えてるよ。




店に着いたら・・・何とPASSING TRUTH DRIVEの畠山君が真冬に短パンでコスビーと一緒に店に向かって二人で仁王立ちしてる(笑)。




俺は「おぉ!畠山くん、どうしたの?」って二人のところに駆け寄った。




二人とも勝ち誇ったような顔で「アレ、見てくださいよ」なんて店の方に視線を向けた。




店と事務所は壁で仕切りたいって俺が言ってたんだけど・・・天井までの高さの白い壁に立体的で彫刻のような白いファイヤー(フレアー)パターンが作られていた。




「うおぉ!カッコイイ!スゲー!」




俺は驚いて・・そして喜んだ。


 


コスビーと畠山君の顔や手には白い塗料が着いていて・・・すごく大変だったのが窺えた。





畠山君は男気があって義理堅いので・・仲間のコスビーが一人で内装をやってるのを見て、ほっておけなかったんだと思う。そのまま、今回の内装に時間があれば手伝いに来てくれた。

 



その後、畠山君の実弟のツカサ君(PASSING TRUTH DRIVEのベース)がトイレをFRPで埋め尽くしてくれたり・・・本当に俺はありがたいと思った。





そのフレアーパターンの壁が出来上がってから、店の全体像が見えてきた。



(白の壁に白の石膏のファイヤーパターンだから全然見えませんな(笑)。)





ハンガーをかけるポールの柱は角材に縦の模様を彫り、そのてっぺんに丸いボールのような物を付けて、また白のペンキで塗りつぶした。





これがシンガポールのお城のような雰囲気を醸し出していて、非常にセレブリティな雰囲気で・・俺のお気に入りだった。





コスビーは何か一つの物を作る度にロックンロールなギミックを凝らしていた。本当によく考えついたと思うものばかりだった。そのセンスの良さには脱帽もんだった。





問題の什器、棚、そして床はグレッチのギターと同じの色、オレンジステインにするって話で・・これがまた大変だった。





コスビーは色んな塗料を試していて・・グレッチと似たオレンジ色にすることに非常に拘っていた。





俺は「色が似てればいいんじゃないの?」なんて言ったんだけど・・コスビーは俺と違って中途半端が嫌いらしく・・「ダメです。薄く塗って下地の木の模様も出さなきゃ意味ないっス」なんて言ってた。





コスビーは試行錯誤の上、塗料を組み合わせていって・・・「グレッチオレンジ」を作り上げる事に成功した。




塗装はPASSINGの畠山君、PINK GROSS IN THE HEARTのノブ、そして緒方君が参加してくれた。



あっ、あと俺(笑)。




俺が何かやる度に、コスビーに「施工主は手を出さないでください」って言われてたよ。どうも俺の手伝い方は適当すぎるらしい(笑)。




まぁ・・・雑ってことらしい(笑)。




白木を塗装していくのは2〜3日夜中までかかったと思うわ。




ありがとね、みんな。ホントに。



そして・・・この辺りからコスビーの疲労はピークになってきたのを憶えてる。



それでもこの男は泣き言も言わず、凄まじい集中力を持ってこの仕事をしてた。




感謝!




次回に続く!


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今日はTHE POP GROUP!


最初に聴いた時は衝撃でした。攻撃的でカッコよかった。俺はエイドリアンシャーウッドやダブシンジケートなどのダブもよく聴きますわ。


それではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
店舗のすすめ PART3
 「マンモスうれピー」 (酒井”のりピー”法子様から抜粋)



ついにのりピーまで登場させてしまった・・・



いただきマンモス半沢っす。





では続き!

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・・・という感じでショップをオープンさせる計画は着々と進んでいた。今から6年前の話になります。



場所も前回に書いた一番町に決まった。



近くには数件の古着屋・・



そしてdelvis(当時はケルト&コブラも扱っていた。今もハイクオリティなブランドを扱うセレクトショップ。安達君と和野ちゃん、社長の金谷さんとカッコイイメンバーと服が揃ってます)。



道路を跨げばSAM'S(今は移転してしまったけど、アパレル&モーターサイクルのカスタムショップ。オサムさんに頼んでSAM'Sの別注Tシャツを作ってもらったりしてました。俺は昔からSAM'Sのファンでもあり、ここのカスタム&デザインは最高だと思ってます)



向かえにはリトリート(今は辞めてしまったけど、リアルマッコイやBUCOなどを扱っていたアメリカンカジュアルショップ)もあった。




物件的にはジョニースペードにはバッチリだった。




銀行からも借り入れができたので、後は内装を残すのみとなっていた。




内装を任せたコスビーは働いていた会社を辞めて、この物件を一人きりでやるってことだった。




俺は唖然としてしまって・・・同時にコスビーの気持ちにありがたいと思う気持ちと、どういうふうに感謝したらいいのかもわからないくらいの気持ちが同居していた。




内装のデザインで俺とコスビーは何度も夜中まで打ち合わせをしたんだけど、なかなかイメージが固まらなかった。




とりあえず、最初の黒鉄で埋め尽くすイメージは止めることになった。




コスビーが「ジョニースペードっていうのはイメージがアウトサイダーな感じじゃないですか?俺としては黒で埋め尽くすと怖い感じになって一般のお客さんが来にくいと思うんですよ」って言ってたしね。




確かに言う通りで・・・俺も偏ったショップにはしたくなかったので、黒っぽい店にするのは諦めた。壁と天井だけは白くして・・・後は黒い鉄を使った什器でハードに持っていこうって話になったと思う。




コスビーは翌日からたった一人で壁と天井を白く塗り始める作業に入った。





俺は通常の仕事があるので、その合間を見てコスビーのところに行ったりしてた。





コスビーは何かこだわりがあったらしく・・・スプレーは使わず、刷毛と筆で壁と天井を真っ白く塗りつぶしていた。何日も何日も朝から晩までコスビーはその作業に明け暮れていた。




予想以上に日数がかかっていたのを憶えてるよ。




俺は・・・もう物件を借りてしまったので、その月から家賃が発生することで気持ちが焦っていた。早く内装を済ませて、オープンしないと家賃が無駄になってしまうってことで頭が一杯だった。




コスビーは本気で一人でやるつもりだし・・こりゃ、内装は一ヶ月では済まないし困ったなぁ・・・なんて思ってた。




しかも、その物件の広さの為に商品を追加で生産しなくてはならなかったし、他の仕入れもしなければならないような状態で予算が思った以上に掛かっていた。




しかし・・・コスビーが夜も寝ないで一生懸命やってくれてる姿を見ると・・俺はその焦りを口にすることを躊躇せざるおえなかった。




・・・・壁、天井を白く塗りつぶした後の予定は何も決まってなかった。




俺は中古の什器買ってきて、黒く塗装でもすればもういいかな?なんて考えだった。正直、疲れてしまって面倒になってきたってのもあった。とにかく適当にオープンできればいいなんて思ってた。




でもコスビーは違った。俺がそんな感じのことを言うたび、不服そうな顔をしていた。コスビーも状況を把握していて、毎日この次の展開を何か考えてるようだった。




ある日、コスビーが電話をくれた。笑みを含んだ晴れやかな声をしていたので、俺は「おっ、見つけたな」と思った。




「何か案が浮かんだ?」と聞いたら




「ハイ。色々考えたんですが・・グレッチって感じでいきましょう」ってコスビーに言われて・・・



俺は意味が分からず「んっ?」って感じだった。




「白木を買ってきて、グレッチの6120と同じようなオレンジステインで塗ってしまうってどうですか?棚も什器も。什器にはFホールを入れたりすることを考えてます。ハンガーのポール台はゴージャスな感じでそちらはロックンロールバビロンって感じで考えてるんですけど。」



「おぉ!さすが、コスビー!!スゲーカッコイイ!それで行こう!」って俺は即座に言った。



コスビーの考えたその内装の「絵」が俺にも見えたからだ。



次回に続く!

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今日はニールヤング!

いつの日からか虜になってました・・・スティーブジョーンズ同様、俺のギターヒーローでもあります。

ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
店舗のすすめ PART2
 「このスカポンタン!!」(ドロンジョ様からの投稿)



どーも、スットコドッコイ半沢っす。



そろそろやっと終わりに近づいてきたジョニスペ物語の続き!



あ、ブログ自体はなぜか毎日400〜500アクセスもあるので終われないですな。



それと福岡の13アベニューの松尾君!初めのギャグだけコンプリートするのはいいんですけど・・一般の会話で使うと人格疑われますので気をつけてください。



特に女子に使うと危険ですから。



ガチで。

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店舗の実現も現実味を帯びてきた。



あとは内装をどうするか?って話で・・・これが一番、俺には大事なところだった。



ジョニースペードのイメージはずっとタトゥー、ロックンロール、モーターサイクル・・・などなどとバッドボーイアイコンな訳でそういう”黒い”雰囲気にするのは容易いことだった。




俺は仙台でもセンスある内装をやる人に頼んだ。見積もりも何とか予算と合っていたし、今まで色んなショップを手がけていた人なので安心な部分もあった。




プロの内装デザイナーにジョニースペードのイメージを伝えて、店舗は手がけてもらった方が良い効果を得られるんじゃないかと思ったからね。




俺が当初考えていたのは・・黒ペンキの壁、黒鉄を使用した鎖や什器・・とにかく黒のグラデーションで全てを埋め尽くす考えだった。




・・・・その頃、事務所には後輩のコスビーがよく来てくれていた。




コスビーはアグレッシブな部分とナチュラルで神経質な部分を共有する男で、俺はコスビーのセンスとギターにはいつも一目置いていた。今もだけど。




コスビーは大工だったので、俺は内装のアイデアなんかをコスビーに言って・・・色々話してるうちにプロの内装デザイナーに頼むより、コスビーに内装を頼んでみようという気持ちになっていった。




コスビーは大工のプロだったので、俺が「こういう感じでやりたいんだけど・・」なんていうと「それは作る事は可能ですし、金額は〜くらいでできますよ」と的確な数字を算出してきた。




俺としては予算が決まっていて、贅沢できる環境でもない。何でも理想どおりの内装にしていたら金がいくらあっても足りない。




コスビーは俺の事を思ってくれて、全てにおいて原価で出してきてくれた。




それは・・言うのは簡単だけど、大変なことだった。利益がほとんど無いのにコスビーは俺の為に一人でやるって話なわけだから。





俺は色々考えた挙句、頼んでいたプロの内装デザイナーの人を断ることにして、内装はコスビーに頼もうって決めた。




俺の事を理解してくれてるコスビーに頼むのが一番楽だなとも思ったし、俺はコスビーが俺を思ってくれる気持ちが嬉しかったしね。





・・・後は場所を残すのみだった。





仙台の中心街でショップをやるってことだと、中央、一番町辺りで考えるのが妥当だった。




不動産屋を巡って・・色々と物件を探したんだけど、なかなか良い場所が見つからなかったね。




しかし、もうすぐアーケード一番町から離れた一番町一丁目の場所が空くって話で。




そこはアメリカンカジュアルのお店で坪数も大きく、天井も高い。俺は何回か行った場所だったので雰囲気は悪くないって感じのイメージがあったショップだった。





色々と不動産屋を回って、物件を紹介してもらってたんだけど・・やはりその場所以上のところはなかった。




その場所は俺が思っていた家賃よりも、少し家賃が高かったので俺は決めかねていた。





昔、ショップの家賃が高くて苦しんだ思い出があるので、俺はショップの家賃には神経質になってた。





今でも憶えてるんだけど・・・その日は台風で雨と風が強かったんだけど、その場所を紹介してもらった不動産屋のウツミ君がビショビショになりながら夜に自転車で事務所にやってきた。





不動産屋のウツミ君は俺にすごく良くしてくれていて・・・何日も色んな場所を一緒に回ってくれた男でもある。





俺はその時、実はウツミ君と他の不動産屋のコに話を入れていて・・・安さを競わせてその場所の話を進めていた。本当はそれはダメなことらしく不動産屋同士で揉めることにもなりかねないらしいけどね(笑)。



まぁ、俺はそういう男なんでね。そこんとこヨロシク。




台風の中、びしょ濡れでやってきたウツミ君は「半沢さん、夜分すいません・・・敷金礼金を安くするのは俺の力では無理です。しかし、○○不動産じゃなく・・・俺という人間で決めてくれませんか!ジョニースペードにはあの物件がベストだと思います!」





・・・もう一人の不動産屋のコはこちらから電話をしなければ来ないし、一緒に場所を回っても「この物件、最高ですよ!」しか言わない。「家賃、高いよ〜」と俺が言うと「いやいや、大丈夫っスよ〜」ってな感じで(笑)。



このコはこういう行動をする。別に悪い事じゃないし、仕事だからこれが当たり前。




ウツミ君の行動は逆で「この場所は高いからやめましょう!」とか「ここはジョニースペードっぽくない」とか・・俺やジョニースペードの事を真っ先に考えてくれた男であった。




俺はそうやって行動で人間を見る癖がある。言葉じゃなくて・・・行動ね。




この物件の話は台風の中、自転車を漕いでびしょ濡れでやってきたウツミ君で当然、決めた。




場所とか金額より、この男の今までの俺に対する行動と熱い情熱にやられた。




それがウツミ君が会社の利益や営業成績を上げたいからって理由であっても俺はOKだ。頑張った奴にはご褒美だよ。




俺と何日も場所を回って・・台風の中、自転車で一時間かけて俺のところにやってきた事は紛れもない事実だしね。




しかも「半沢さんが家賃、お金足りなくて払えなかったら俺が足して払います」まで言ってて(笑)。




「サンキュー、気持ちだけもらっておくよ」って言いましたわ。




この物件にOK出す以上、全て俺の選択決定なんでね。ウツミ君には責任なんてない。




・・・結局、その後にウツミ君は今は不動産屋を辞めてしまったんだけど、今もウツミ君とは付き合いさせてもらってる。




・・・・というわけでラウドミュージアムというショップは二人の男達の情熱に俺がやられっぱなしって感じで始まったわけです。



次回に続く!


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今日は矢沢永吉兄貴!



俺の先輩達は全員永ちゃんフリークです。

当然、俺も大好きです。タオル、投げるっす。

・・・許されるなら「HANZAWA」タオル作りたい(笑)。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
店舗のすすめ
「 とばせ セコ!レッドにぶっ込め!」 羯徒毘ロ薫’狼琉(かっとびろっくんろーる))




どーも、思わず横浜銀ばっちゃった半沢です。



若い人は知らんか・・。



”粋なハイウエイダンサー気取れば、マブイあのコもハコ乗り、今夜はサティスファイ”。



・・・・そりゃ、意味わからんか(笑)。



では続き!


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・・・というわけで俺は色々考えた挙句、ジョニースペード直営店をオープンさせることを考え始めた。




まずはお店の場所を頭の中で巡らせて考えた。




取扱店がない東京で考えたんだけど・・・原宿、代官山などは家賃も高いだろうし、考えるとしたら下北沢、高円寺辺りがジョニースペードっぽいとは思っていた。高円寺は仙台の家賃と同じくらいの金額の物件も沢山あったしね。




しかし・・自分の生活も東京でって話になると、やっていけるかどうかは未知数だった。東京は楽しいけど、物価も高いし・・そこで頑張れるかというと難しいかな?って。




考えてみればジョニースペードはメーカーで卸売りがメインだし、発送手段は佐川急便やクロネコヤマトが主なので店舗の場所はどこにあってもいいんだよね。




生活や資金のことも考えると東京は無理だなぁ・・と俺は判断して、やはり地元の仙台で店舗をやるという方向でいくことにした。



その時、俺はスイサイダルタトゥーの事を思い出した・・・俺達が帰るときにスイサイダルのスタッフが「俺達のウエアはベニスにある。俺達とウエアに会いたければベニスに来い」って握手をしながら言ってくれたことが印象的だった。



スイサイダルやブルドッグのアートはアメリカのニューヨークやハリウッドで発生したカルチャーじゃなく、ベニスって街で独特のカルチャーが発生したわけで・・・それを考えると俺はこの仙台って街で生きてきて、刺激を受け、商品を作って生きてきた。そして仲間もいる。




生きる場所を変えれば、デザインや考え方も変わってしまうかもしれないなって思った。



スイサイダルがローカルのベニスからカルチャーを世界に発信してるように、ジョニースペードもローカルの仙台から全国に向けて発信しているわけでね・・・俺は結局、そんな考えで仙台で店舗をやることに決めた。



次は資金。



・・・そんなもんはない(笑)。



しかし、店舗をやるには資金を何とかしなくては話にならない。



16年前から比べれば、そりゃジョニースペードも規模は大きくなったけど・・・自転車操業には変わりなかった。




俺は銀行から融資をしてもらう為に決算書三年分を持って、メインにしていた銀行を訪ねた。




奥の部屋に通され・・・色々と融資担当の人と話をして・・・その人は「店舗のオープン資金ですね。わかりました。この決算書を見て検討してみます。」って言ってくれた。




ギリギリ赤字ではなかったジョニースペードの決算書とお金を借りてでも払っていた税金関係の部分で融資は何とかOKになりそうな感じだった。




俺が10年前に個人商店ジョニースペードをラウドミュージアムという有限会社にしていたのも、融資を受けることに有利な条件になっていたようだ。





・・・・とにかくこれで資金の面は何とかクリア。





あとは仙台のどの場所で店舗をオープンさせるか?を俺は考えていた・・・。




次回に続く!



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今日はSKUNK ANANSIE!


俺はこのバンドが本当に大好きで・・解散してSKINは一人になっちゃったんだけど、追い続けてます。全アルバム、全曲カッコよかった。


この人の声には心揺さぶられますな。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
COMEBACK!
 「ぼ、ぼくはでん六ピーチョコが、好きなんだな」


・・・どうも、糖尿ほぼ決定の山下”半沢”清です。


新作のポロシャツが早くも品薄になってきまして・・・迷惑をおかけしてます・・・マジでスイマセン。


「BORN TO BE BAD」と「HARRY'S SPEED」は追加生産決定です!



それでは続き!


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試行錯誤を繰り返して・・・俺は自分を見つめ直して・・・ジョニースペードはまたアウトサイダースタイルに戻った。




Tシャツ、フーデットパーカー、ワークシャツ、ワークパンツ・・・etcの西海岸スタイル。ジョニースペードの服はどこでも寝転がれて、汚れても洗濯機で丸洗いできるカジュアルなウエアでOKだと思った。




方向を戻してから、売上は何とか回復して商品の流れもスムーズになっていった。




そして・・俺はジョニースペードには新しい血が必要だと思っていた。結局、俺一人のデザインでは偏るし、限界が見えるようになっていたからね。




そんな風に思っていた時にナイスタイミングでグレートハーティッドの阿部君から彫燕君を紹介された。



以前からジョニースペードはトラディショナルスタイルのタトゥーのデザインを数多くリリースしていたし、彫燕君というタトゥーアーティストとの出会いは俺にとっては嬉しい出会いだった。





彫燕君はハノイロックスのアンディマッコイ似のカッコイイ男で長身、そしてエキセントリックだ。ガレージ、ロックンロールにも造詣が深く、考え方も筋の通ったこだわりを持ってる。





俺は彫燕君のスケッチを見せてもらって・・・そのテイストに独特な雰囲気を感じて、それに魅力を感じた。




和、洋とミックスされたデザイン、神経質なタッチ、根底に流れるバイオレンスな匂い・・絵によっては狂気さえ感じた。





俺は彫燕君に「ツバメ君、ジョニースペードに絵を提供してみないか!?」と話してみた。彫燕君は「全然、イイですよ!OKです!」って言ってくれた。





・・・そして「リベルタッド」や「ダガー&パンサー」、最近では「ソリチュード」などの彫燕君の強烈なアートワークの商品をジョニースペードからリリースすることができた。





そんな彫燕君のデザインを筆頭に、この頃のジョニースペードはハードエッジな商品を数々とリリースしていたと思う。





「仙台に直営店をオープンさせる」って考え始めたのもこの頃だと思う。





俺は22歳の頃、仙台の国分町で古着&アメカジショップをオープンさせて大失敗した経験がある。





失敗した理由は・・・仲間に価格を割引して売る、家賃が高額、俺は俺でリーゼントにサングラス、レザーライダースにレザーパンツ、店のレジ台に足を乗せてタバコは店でプカプカやるし・・仲間達はバイクを店の前に並べて横付けして・・・店の前を通る人達を威嚇する。挙句の果てには店でお菓子ばら撒いたり、レジの前でギター弾いてたりって状態で・・ヒドイ有様だ。




ガラス張りの店だったんで・・・中が見えるし、普通の人は怖がって店に入って来ない(笑)。




最後の方はやる気も失くして・・・もう掃除なんかもしなかったから、店は汚れ放題。




お客さんがシャツを広げると・・アーモンドチョコが落ちてきたなんてこともあったよ(笑)。最低の店だわ。




そりゃ、失敗して当然。




そしてお店を閉めて借金800万・・・何とか26歳までかかって返済した。その後、ジョニースペードを相棒と始めたわけで・・・もう二度とショップをやるのはゴメンだって思ってた。





このままメーカー、ブランドとして卸売業を続けていた方が経費的にも楽だったんだけど、やはり自分の思ったとおりのジョニースペード中心のヘッドショップがやりたいという気持ちが強くなっていった時期でもある。




次回に続く!

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今日は彫燕君も俺も大好きなHANOI ROCKS!



中学生の時、50’Sのカスリの入った黒いコートを着てたんだけど、HANOIの薔薇のバッジを付けてたのを思い出すよ。


バッドボーイロックンロールスタイル!


ではまた!



ジョニースペード物語 | - | -
試行錯誤 PART2

「何でもかんでも母さんのせいにするなよ」(えなりかずき様より勝手に引用)



どーも、渡る世間は鬼だらけの半沢っす。



では続き!

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そんな感じで・・・ジョニースペードは変化に伴って、売上の下降を余儀なくされていた。




俺は事務所の窓から外を観ながら・・・よく腕組みをして考えていたのを憶えてるよ。




ジョニースペードをもっとハイセンスに・・もっとモードな感じに・・・なんて思っていた俺はもう一度、ストリートに軌道修正しなければならなかった。




考えてみれば・・・自分のエゴイズムがそれを引き起こしていた部分もある。




「俺はこれだけ最新のファッションを理解してるんだ!」・・・みたいな部分があったと思う。




あの頃はパリコレが掲載されてる雑誌を買ってきてみたり・・・海外のセレブ雑誌を読んでみたりとジョニースペードをもっと芸術的でタイトなモードラインのブランドにしようと思ってた。




今、考えると・・・思いっきり勘違いしてる方向だわ(笑)。




ストリートから始めて、よりレベルの高いハイセンスな方向に成功していくブランドも多々あるけど・・ジョニースペードはそれには向いてないんだなぁ・・と売れ残った在庫の山を見て痛感した。




ジョニースペードにお客さんはそこを求めてないということが見えてない時期だった。




そりゃ、ストリートの最新型を求めてくれてるとは思うんだけど・・・ジョニースペードにコムデギャルソンみたいな究極の素材を使ったスーツは求めてくれないわ(笑)。




それだったらジョニースペードじゃなくてギャルソンで買うし(笑)。





今、考えると・・・お客さん、取扱店さんの事を考えてない身勝手な変化はやはり好ましくない。変化するにしても、今までのお客さんや取扱店さんに喜んでもらう変化でなければ意味がない。




まぁ、失敗したからそれが判ったって話でもあるけど。




・・・バンドもそんな時期で、俺はその壁にぶつかりまくっていた時期でもある。




あの頃の俺はあらゆる最新のジャンルからインスピレーションを受けて・・「エモーショナルっぽく」とか「じゃあ・・ダブでダンサンブルな感じで!」とか新曲を作って、スタジオで剛や哲也にぶつけていってメンバーで合わせていくんだけど・・・




哲也や剛は「演れるけど・・・全然INNSANITYっぽくないよ。」と口を揃えて言ってた。




俺は頭に溢れてくる楽曲を形にしないと、次に行けないという悪い癖がある。ジョニースペードも同じで「これを発売しておかないと次に行けない!」みたいな部分があったりする。




INNSANITYはバンドでメンバーと一緒にやってるから、俺の楽曲を哲也と剛がOK出さない曲はボツになる。なので何曲ボツになったかなんて数え切れない。でもINNSANITYは民主主義だから仕方がない。




剛と哲也は俺よりもINNSANITYを客観的に見えてるんだと思う。二人はバンドのグルーブが出ない曲は俺がどんなに一生懸命に楽曲を作ってきても容赦なく却下してくる。




でも、だからINNSANITYは変わらないんだと思う。何でも三人で決めてるしね。哲也と剛には俺がどんなに色んなタイプの曲を作ってこようが、INNSANITYはどういう曲をしなくちゃいけないバンドなのかというのが見えてるんだと思う。




自分の体に流れてないグルーブの演奏をやれっていわれて・・やれたとしてもそれはメンバーが心から楽しんでない演奏だし、グルーブは借り物だし、カッコ悪いバンドになっちゃうよ。



俺はバンドでそれを凄く思い知った。




自分が心からカッコイイと思わない商品や音楽のパワーは弱いと思うよ。人に伝わるはずがない。




・・・反対にジョニースペードは俺一人の意見で進むから、タチが悪いね(笑)。誰もダメ出ししないし、俺一人で商品のリリースの判断をしなくちゃいけない。




あの時期にジョニースペードを俺が心からカッコイイと思っていたか?と自分の心に問うと、答えは「・・・・」って感じだった。



俺は自分のエゴに囚われて・・・ジョニースペードをもっとレベルの高いブランドにしたかったし、そう言われるブランドになっていこうって思ってた。



まぁ、結局は2〜3ヶ月で在庫の山になってしまってジョニースペードハイブランド化計画はあっさり辞めたんだけどね(笑)。



かなり悩んだけどジョニースペードというブランドがどうあるべきかハッキリ答えがわかった時期でもあります。



次回に続く!


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今日はPJ HARVEY!


最初の「DRY」から現在まで追い続けてます。


この頃が一番好きだけど、「WHITE CHALK」にもヤラれた。


ではまた!

ジョニースペード物語 | - | -
試行錯誤
    「ヒューヒューだよ」




ども、夏に向けてにんにく卵黄を飲んで体を鍛えるマッスル半沢です(嘘)。



ジョニースペードもロックビューティーも新作の反応が良くて、俺もホッとしてます。



富山の江尻さん、ロックビューティー&ジョニースペードの新作を全種類購入していただいて・・・本当にありがとうございます。



売上云々じゃなくて・・ジョニースペードスタイルが認められるということが俺がどれだけ嬉しいかって話で。



本当、ありがたいっス。



ではジョニスペ物語の続き!


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順調に売上を伸ばしていたジョニースペードも良い時期は続くはずもなく(笑)少しづつ低迷してきた。




良い事ばかりは続かない(笑)。




理由はジョニースペードのいつもながらの「変化」だったと思う。




前回、話した通りでジョニースペードは「ローリングストーンズ理論」を体現するブランドでもある。




色々なアウトサイダーカルチャーを独自のフィルターに入れて料理するスタイルなので、シーズンによってガラッと姿を変えるブランドでもある。




そうなると・・取扱店やお客さんが欲しがってる物ではない商品をシーズンによってはリリースしたりってことも少なくはない。




マルタンマルジェラのようなローゲージの無地のニットライダースをリリースしたり、顔料染めのタイトなローライズブーツカットのジーンズをリリースしたりと・・俺はジョニースペードをもっとファッション性の高いブランドにしようとして変化させていた時期でもある。




そうなると・・全国のジョニースペード取扱店さんやお客さん達は「あれっ?」って感じになってしまうんだと思う。




そりゃ、そうだ(笑)




取扱店さんはいわゆるセレクトショップだからね。当然、ショップのオーナーが色んなブランドをセレクトして仕入れして、自分の店に並べるわけです。




ショップオーナーの志向性から外れたりすれば、そのブランドの仕入れはナシってことです。セレクトショップはオーナーや店長が自分の店に置きたい商品を選ぶからセレクトショップって言われてるわけですから。




パンクショップに単価の高い無地のニットライダースがあったって売りにくいからね。俺はそれを理解していながら、ジョニースペードを変化させてしまう時がある。




今でもジョニースペードはそんな感じの時があるからなぁ・・・(笑)。




この頃は取扱店さんたちに非常に迷惑をかけた時期でもあるね・・・反省してます。




仙台でジョニースペードを取り扱ってもらっていたショップも例外ではなく・・・5〜6件あった取扱店も常時、新作を仕入れしてくれるショップは2件のみと減少していった。




時期を同じくして西海岸系、ロック系のスタイルも流行が落ち着いてきた時期でもあったからかもしれない。




全国的にもそのシーンに篩いがかけられて、残るショップやブランドは残る、消えるショップやブランドは消えるって感じの雰囲気になっていた。




ジョニースペードはそんな感じでモードスタイルを追い求めていたりしたので、取扱店やお客さんも減少し、だんだんと支払いなんかにも支障が出てきたりしていた。




自分が思ったとおりの洋服をリリースして、それがいつでも何でも売れるのなら、それは本当に凄いことだと思う。




・・・・でも俺がやってるのは商売であって芸術ではないってことをここで思い知らされたよ。




売れる音楽や服を俺の用語で「POP」って呼んでるんだけど・・・POPは本当に難しい。




そういった意味でサザンオールスターズのようにリリースする音楽がいつでもそのテイストで売れ続けるというのは凄く大変なことで・・前衛や芸術性の自分のエゴを切り捨てて、POPに仕上げなきゃいけないというのは非常に難しいことだと思う。シングルカットはヒットさせなきゃいけないからね。




これを読んでるみんなも好きなアーティストのアルバムに10曲入っていて、10曲全部が好きって人は少ないと思うんだけど・・・アーティストは10曲全部、本気で作ってると思う。でも当然、リスナーによっては「このアルバムは2曲しか好きじゃないんだよね〜」って場合もある。




俺も同じくでジョニースペードで毎月リリースする商品も全作品手を抜いたことはない。が、しかし当然、お客様の好みがあるわけで「前回は3枚買ったけど、今回の感じは好みじゃないのでいらない」ってことも多々、あるわけで。




どれだけ一生懸命やっても、売れなきゃ意味がないのが現実だったりする。




どのブランドも、どのアーティストも全商品をみんなにヒットする商品、みんなに認められる商品をリリースして、生計を立てたいわけで・・・まぁ、中には自分の好きな商品を作りたいだけっていう俺みたいな人達もいるとは思うけど(笑)。




・・・この時期は色々、試行錯誤してジョニースペードはどういうブランドであるべきか?ということを改めて考えたりした時期でもありました。




次回に続く!

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今日はJAPAN!

俺が15歳の時、JAPANを聴きはじめて・・・今もデヴィッドシルヴィアンを追い続けてます。


まぁ、パンク、ロックンロール中心の俺の嗜好性で、「何でJAPANなの?」っていう感じなんだろうなぁ・・(笑)。


俺も昔から好きだから、説明もみつからないんだけど・・・自分の嗜好性に嘘をついてないことだけは確かで、人生には陰陽があるってことしか説明できないわ。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
順調な日々
 「象ってデッカいんだゾォォ〜」 (ROCK54様からの投稿)




・・・あまりのダジャレに頭が痛くなってきた半沢です。



ROCK54様から2回目の投稿です。




目を閉じると・・・ROCK54氏が満面の笑顔で象に乗り、街をパレードしてる姿が浮かびます。




群衆に「象ってデッカいんだゾォォ〜」と手を振りながら、マシンガンのようにダジャレを言いまくるROCK54様を想像すると溢れる涙を止めることはできませんでした。



想像するだけで・・・目眩がしてきます。



それでは続き!


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この頃のジョニースペードはホットロッド&ロックンロールスタイルで売上を順調に伸ばしていたと思う。取扱店も全国に30件以上になり、俺はいつも忙しくしていたね。




事務所は段ボールで溢れ、毎日発送の日々だった。




忙しい仕分けの日に手伝ってくれる後輩のアッキーというレディースのオートクチュールデザイナーが来てくれるようになったのもこの時期からだね。今も仕分けの日はアッキーに来てもらってる。




アッキーは服飾の専門学校で先生をやれるような実力のある男でもあるんだけど、何故か俺と気が合ってジョニースペードに関わってもらってる。もともとアッキーは古着マニアで、俺も昔から何かとビンテージの服をアッキーに直してもらったりしていた。アッキーは古着やアメカジにも造詣深い男でもある。




そういえばこの頃は夜になると、よく仙台のバンドマンたちが酒を持って事務所に遊びに来てくれたりもした。




今は店に遊びに来てくれるけどね。




PASSING TRUTH DRIVEの畠山君、中川君、ツカサ君やE805843のコスビー、PINK GROSS IN THE HEARTのノブ、緒方君、元MAGICのトシ、NAKEDYEGGSの日下君なんかもよく来てくれていた。




俺はみんなとヘヴィーな話をしたり・・音楽、文学の話をして、その人の感情を聞くのがすごく好きで・・しかも何でそう思うのか理由を根掘り葉掘り聞いたりする(笑)。




後輩達なんだけど、俺もジョニースペードの新作のヒントになったり、INNSANITYの新曲の詞のヒントをもらったりと・・・今もいつも実になる時間だと思って感謝してる。




この頃は仕事的にも仲間的にも充実していた時期だった。売上も大きくなれば、支払いも大きくなって大変だったんだけど・・・この頃から俺は森脇さんのアドバイスのおかげで「今」を受け入れるようになったりしていたので精神的にはとても楽になっていたね。




俺はデザインやアイデアで頭の中が一杯になった時は、ブラッと1000円持って・・・一人で町内を散歩した。




事務所の町内の駅の立ち食いソバを食べて・・・次の日はそのソバ屋の道路挟んで向かえのラーメン屋で食べる。その次の日はラーメン屋の隣りの定食屋で食べたりしてた。




結局、町内の飲食店は全て網羅しました(笑)。




悪趣味なんだけど・・・一人でゆっくり食べてると、他のお客さんの話なんかが聞こえてくる。盗み聞きみたくなってしまって困るんだけど・・聞こえてくるんだもの(笑)。




仕事の愚痴、上司への愚痴、家庭への不満、自分の自慢話、不幸自慢・・・みんな言いたい放題で色んな人生、色んな人間がいるなぁ・・なんて思いながら俺はその話を聞きながら自分の人生を照らし合わせたりもした。




そんな店にいる人達や店主の話を聞きながら・・・




「俺だったらどうするかな?」




「あぁ・・その後の行動は俺だったら違うな〜」





・・・なんて思いながら黙ってラーメン食ってる俺は、変わり者かもしれませんな(笑)。




でもそうやって色んな人の話を聞いてると、俺の人生はまだ幸せだなぁ・・なんて思う時も沢山ある。それは俺は「今」が順調で、精神的にも余裕があるから思えることだと思う。

  


ただ・・それは「今」であって明日には俺もダメになるかもしれない。いつダメになってもいい覚悟もできてるけど・・自らダメにはなりたくないもんね。




俺は「今」を継続するため、今の「生活」を続ける為に俺は事務所に戻ってすぐ仕事をする。将来や生活の「不安」を解消するためには「仕事」を頑張るしかない。




しかも・・自分の好きなことが仕事になっているという恵まれた環境でもあるわけで・・俺としてはここで愚痴を言うわけにはいかない。それは贅沢ってもんだ。好きな仕事ができて、生活できてるんだから。






では次回に続く!


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今日はRADIOHEAD!

俺はトムヨークの声の声に癒される時があります。

この曲はレデイオヘッドの中でもバンドのグルーブが出てて好きです。


ではまた!


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