継続は力なり
        「シェケナべイべー」




・・・どーも、ロケンロー半沢です、夜路死苦!よろしくメカドッグ。



5/19〜20にはジョニースペードとジョニースペードロックビューティーの新作が入荷予定です。



今回のジョニースペードはTシャツが2タイプ、ポロシャツが3タイプで少しだけ大人っぽいです。今までとは雰囲気が違うかもしれませんね。俺の今の感覚が出てる感じになってます。個人的に反応が楽しみです。



ロックビューティーは七海ちゃんの志向性が存分に発揮されてまして、ROCK54氏のデザイン中心です。これまた雰囲気が今までとは違う感じでカッコイイですよ。



乞うご期待!



ではジョニスペ物語の続き!

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そんな感じで・・・俺はジョニースペードを通して色々な人達と関わってきた。



全国のジョニースペード取扱店の社長や店長達にも随分と良くしてもらってると思う。



ジョニースペードはアパレルとしては特殊で毎月、新作リリースをするんだけど、基本的に何をリリースするかは取扱店さんたちは新作の荷物が届かないと何が入っているかはわからないという(笑)自己中心的なメーカーでもある。



普通は冬に夏物の展示会をやって、取扱店さんたちに注文をもらったり、カタログ(スワッチ)を発送して注文をもらったりするんだけど・・・ジョニースペードは16年間それをやったことがないと思う。今は簡単なカタログをリリースする前の月には何とか発送してるんだけど。



そういった意味でジョニースペードはアパレルブランドとしては不器用でダメなブランドだと思うんだけど・・・そんなウチを10年以上取り扱ってくれてるお店もある。



今から10何年前だと思うんだけど、俺は一人で福島の郡山に営業と名を借りたドライブに出かけた。郡山にカッコイイお店があるというので観にいってみようって目的だったんだけど。もちろん、ジョニースペードの商品や簡単なカタログも持っていった。でも図々しいのは嫌なので、なるべく営業はしないようにと思ってた。



そのお店は「JOB314」。



今では、その付近に何店舗も経営する大きな会社になってる。



俺は慣れない高速道路を走り、郡山に着いた。高速の出口からJOB314はすぐだった。



俺が行った頃はまだ小さなお店で・・・ただ置いてある商品や取り扱ってるブランドはカッコイイものばかりで、俺は仙台にあるショップよりも購買意欲が湧いたのを憶えてるよ。



レジの奥のところに俺の記憶が正しければブライアンセッツァーと肩を組んでるリーゼントの人の写真があった。



その写真のリーゼントの渋くカッコイイ人がレジに立っていた。それがJOB314の社長だった。



俺はその人に思い切って話しかけてみた。



「あの、仙台から来たジョニースペードというブランドをやってるものなんですが・・・」



JOBの社長は「おぉー、そう。じゃあ、話を聞くからこっちへおいで」と言ってくれた。



俺は舞いがってしまい、緊張したんだけど・・社長の後についていった。



横にアメリカンバスがあったんだけど、そこが事務所のようになっていた。その中にシートとテーブルがあって・・・俺は社長と向かい合って座った。



社長は「どれ?」なんて言ってくれて・・・俺は緊張しながら、ジョニースペードの商品とカタログを社長に見てもらった。



・・・俺は「売れるはずがない」って思ってた。俺は営業したことがないし、それまで「取り扱いたいんだけど」と言ってくれるお店にしか行ってなかったから、営業の駆け引きなんかもできないしね。しかも「黒のTシャツなんて売れっこないよ」って仙台のショップなんかに言われていた時期だったしね。




ただ、このJOBの社長さんにジョニースペードの存在をわかってもらってアドバイスでももらえれば嬉しいななんて思ってた。



「これ、どんくらい今日、持ってきた?」 JOBの社長さんは俺に言った。



俺はたまたま全在庫を段ボールに入れていたので「全種類の在庫は今日、持ってきてあります」と答えた。



「わかった。全部、買う。」ってJOBの社長さんはあっさり言った。



俺は「エェー!」って驚いたんだけど・・・JOBの社長さんは真顔で「支払いはどうする?」なんて言ってくれて話はどんどん進んでいた(笑)。




この時は本当に驚いたし、嬉しかった。もちろん、今だってJOBの社長に感謝してる。




・・・そして今もJOB314にジョニースペードは取り扱ってもらってる。もう10年以上だね〜。俺はJOBの社長にいつか恩返しをしなくては!と思ってる。



JOB314と同じく、10年くらいジョニースペードを取り扱ってもらってるショップが長崎にある。



そのショップは「MAKEOVER」。



昔の「スパイダーロック」というショップ名の頃からジョニースペードは取り扱ってもらってる。



俺はいつも新作やアイデアに困ると、MAKEOVERの松本社長に電話してしまうんだけど(笑)。



ストイックで冷静に商品や状況を判断してくれる人で、俺はいつでも頼りにしてしまう。



二人でこれからのアパレルのシーンを考えてみたり、お客さんが何を欲しがってるのか?何を望んでいるのか?サイズ展開のことなんかを時間が許す限り電話で話しさせてもらったりする。



MAKE OVERにはロックビューティーも取り扱ってもらっていて、レディースの方もお世話になってたりします。



本当に長いお付き合いさせてもらって・・感謝してます、松本さん。




こうやって考えてみても・・・何でも続けてみなけりゃわからんね。




今、成功してるブランドもバンドもショップも最初に辛くてあきらめたりしたら、現在は存在しないわけだし。



それは俺が言うのは変だけど・・みんな、それぞれ神様に試されてるような気がします。




俺の個人的意見なんだけど、新しく何かを始めて・・・トラブルが多かったり、悪いことが続くようだったら神様は「それはあんたの道じゃないよ」って教えてくれてるんじゃないかなぁ・・・思ってる。




新しいことを始めて何かラッキーなことがあったり、平穏な日々であれば・・それはその人にとっては間違っていない道なんじゃないかなぁ・・と思うよ。




時期とか環境もあるから、「そのタイミングではない」って神様が言う場合も多々あるとは思うけどね。俺の場合、その空気や気を勘を働かせて読んでみると、俺にとってそれが正しい道なのか間違ってる道なのかが読める時がある。



しかし、それが正しかろうが間違ってようが、得であろうが損であろうが、俺は俺の思う道を行っちゃうタイプなんだけどね。それもまた色々あって面白いしね。




何もない無難な人生もいいけど、山あり谷ありの人生の方が楽しいとも思ってる。




トラブルや嫌なこともせっかくだから楽しまないとね!そこで負けるようなら・・・そこまでの器の人間だわ。




まぁ、訳のわからない話になってしまいましたが(笑)・・・人生ロックンロール(転がり続ける石)ってことで。




では次回に続く!


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今日はTIM SCOTT!

THE ROCKATSの頃から好きで・・THE HAVALINAS、THE MoMAC TRIOと追い続けてました。

この人も自分にある音楽を変化を恐れず追求していくタイプに思えます。

俺もそうありたいもんですな。

それではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
ROCKな人達
 
「こんにチワワ」(七海さんが得意とする茶魔語より)




・・・だんだん、このコーナーもどうしようもなくなってきましたな。




どーも、またもや定休日なのに朝からパソコンに向かう半沢っス。



では続き!


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この時期は色んな人達と出会えた。



秋田でライブハウスのイベントがあったんだけど、MAD3と一緒にINNSANITYも呼んでくれて一緒にライブを演れたりもしたよ。



MAD3のメンバー達は気さくで優しかったんだけど、リハーサルのMAD3のド迫力に驚いた。エディ氏の太いギターの音とギターの上手さに「スゲェ〜」なんて思って観ていた記憶があります。




ライブが終わって・・・打ち上げも楽しくて、社交性のない俺にエディ氏が話しかけてくれたりして・・ありがたかった。「俺、ジョニースペード持ってますよ」なんて言ってくれたり・・・凄く嬉しかったね。





その打ち上げで今、ラウドミュージアムのお隣にあるdELVISの社長の金谷氏と初めて会った。「今度、仙台にお店を出すんですよ」なんて話をしていたと思う。まさか何年後にそのdELVISの隣に俺が店を出すとはその頃、自分で想像もしてなかったよ。金谷さんも想像してなかったと思うわ(笑)。



 

この頃は結構、イベントやライブが多くて色んな人達に出会えていた時期でもある。




仙台のBEHIND THE SUNのイベントではバイオレントグラインドのクロ氏、USGROW氏の三人でライブハウスの前で色んな話をした時もありました。




その頃のジョニースペードはノッてる時期でリリースする商品は残さず売れていたと思う。この時期、ジョニースペードはオーリーやファインマックスなどのファッション誌でもピックアップされて掲載されたりしていた。西海岸、ROCKスタイルのファッションが少しずつ認知されてきた辺りだと思う。




俺は写真撮られるの苦手でね・・(笑)。何かとキャップを深く被ったり、サングラスをかけたりなんてしてた。この頃のジョニースペードはなるべくメディアに出ようとしていたね。昔の雑誌引っ張り出すと俺はいつでもサングラスだ(笑)。俺がメディアに出るんじゃなくてジョニースペードをメディアに出したかったんだよね。




雑誌に露出することはそれなりに効果もあってジョニースペードの売上も良くなっていった。露出することでジョニースペードを取り扱っているショップさん達にもお客さんが増えてプラスになっていたとも思うし、そうしなければ!と思ってたよ。




個人的にはメディアに露出しなくても、お客さんが自分のスタイルや自分の意志でジョニースペードの服を選んでくれるのが理想だけど・・・露出しなくちゃジョニースペードの存在自体、認知されないもんね。





そんな時期、ブランキージェットシティの照井氏と会える機会があった。





照井氏は皆様、ご存知ケルト&コブラというブランドもやっていて、このブランドは本当に何から何までカッコよかったと思うよ。発生から終焉まで照井氏の美意識が貫かれたブランドだったと思う。




俺は昔から仲の良いLUST FOR LIFEの社長さんと共にケルト&コブラの事務所に遊びに行かせてもらった。





事務所に入って・・・逆光の中、ソファーに座る照井氏は最高にカッコよかったね。丁度、ケルト&コブラの冬物展示会の時で新作が展示してあったんだけど素晴らしいコレクションだった。





俺達は照井氏やケルト&コブラのスタッフに凄く良くしてもらった。ビール、たこ焼き、ピーカンナッツなんかも出してもらって、俺はガンガン食ってた(笑)。





照井氏にINNSANITYのCDなんかもプレゼントしたんだけど、あまり音楽の話はしなかったと思う。俺みたいな小さなブランドにも同じ立ち位置からの話をしてくれて・・・工場の話、ロットの問題、商品の完成度の話なんかをしたりして・・・アパレルへの真剣でストイックな照井氏の姿勢が垣間見れたりして、凄く楽しかったね。





照井さんとの話の中で「じゃ、あとTシャツとシャツをプレゼントしますよ」なんて言ってくれて・・正直、俺に気を使った社交辞令みたいなものだろうなんて思ってたんだけど、仙台に帰ったあとにTシャツとシャツがケルト&コブラから送られてきたりして・・・男気と誠意を凄く感じた。こんなに商品も姿勢もカッコイイブランドは他には無いだろうなぁ・・・なんて思った。







次回に続く!


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というわけで今日はブランキージェットシティ!

ライフスタイル、ファッション、音楽と影響を受けた人は少なくないと思います。


本当にクールでカッコイイバンドでした。俺も大好きです。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
SOBUT
 「ネコが寝込んだ」 (dELVIS 和野様からの投稿)




この他にも目眩がする殺人的なダジャレを投稿していただきました。



和野ちゃんの将来を思うと、俺は心配で夜も眠れません・・・。




そんな和野ちゃんを観たい方はラウドミュージアムお隣のdELVISにGO!してください。ハイセンスな洋服とハイセンスな和野ちゃんのダジャレがあなたをお待ちしております。



ダッチもいるお。



それでは続き!

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アメリカから帰ってきた俺は、頭に残っていたダイスチェーンの制作に着手した。




本当はシルバーで作りたかったんだけどね、コストもかかるし、単価が高いと取扱店さんだって売りにくいと思ってシルバーのダイスチェーンは却下した。





ジョニースペードでリリースしたのはアルミキャストで作ったダイスチェーンだったんだけど・・これが飛ぶように売れた。





ダイスチェーンの相乗効果でスカルのコンチョウォレットなんかも売れていて、雑貨屋のような状態になっていたね。





その後にダイスの形のトランプチェーンやスターのアルミキャストを使用したスターチェーンなんかもリリースしたんだけど、これもヒットした。





以前の俺はグランジムーブメントの影響でネルシャツ、ボロボロの501、長髪、無精髭みたいな感じだったんだけど・・・この頃の俺はヘアスタイルをリーゼントに戻して、ゴールドのメッシュを入れてたりして・・聴く音楽もジャイブロカビリーなんかが中心になっていた。





ジョニースペードもネガティブで絶望的なモチーフ、梵字、宗教的モチーフが中心だったんだけど、ホットロッド、トラディショナルタトゥー、ロカビリー、モーターサイクルのモチーフとしたものにガラッと姿を変えていったと思う。




そんな中、SOBUTと出合った。




仙台でイベントがあって、INNSANITYがそのイベントに出演することになっていたんだけど、それは川村かおりさん、モトアキ氏、ブランキージェットシティーの中村達也氏がDJをするイベントで696の前身みたいなイベントだった。




INNSANITYのリハーサルが終わって・・・中村達也氏が入ってきて、ドラムを軽く叩いたんだけど全然音が違うのに驚愕したのを憶えてる。全バンド同じドラムセットなのに、中村達也氏の叩いたドラムはパワーとビートが強烈だった。そのイベントでは中村氏はDJだったので、ドラムを叩くのは2〜3分で止めてしまったんだけど・・圧倒されたよ。




川村かおりさんは昔から知り合いではあったので、久々に会えてお互いの近況を話したりしていて・・そこでSOBUTのモトアキ氏を紹介してもらった。




物凄いオーラとカッコよさがモトアキ氏にはあって・・・色んな話で盛り上がった。イベントの時間が来るまで仙台の街を案内して、ジョニースペードの取扱店なんかを三人で周った。二人ともアンチクラスやロイヤルプッシーをまだやっていない時期だと思う。




そのイベントの何ヶ月後、SOBUTが仙台でライブをするってことでモトアキ氏から電話をもらって・・俺はそこで初めてヨシヤ氏、ヒデ氏、ヨッツ氏のメンバーと会った。




男気があって気持ちの良い人達で・・・俺は非常に居心地がよく、楽屋にずっと居させてもらったりした。




リハーサルが終わって、メンバー達と談笑していたんだけど・・いざ、本番って話になったらメンバーが全員、着ていたTシャツを脱いで俺がプレゼントで持っていったジョニースペードのTシャツに着替えてくれた。何も言わずに・・・笑顔で。




そのままSOBUTのメンバーはジョニースペードのTシャツでライブをしてくれた。なんて義理人情があってカッコイイ男達なんだろうって思ったよ。そのライブ後、モトアキ氏と朝まで飲んだりして楽しかったね。まぁ、俺は飲めないんでコーラだけど(笑)。




ヨシヤ氏とも親交深くしてもらってありがたかった。何年か前にヨシヤ氏にJOSHROCKとしてジョニースペードに絵を描いてもらってリリースもさせてもらった。凄い人気で即完売したのを憶えてる。
ヨシヤ氏はカリスマ的なオーラがあって、頭の回転も速いし、カッコイイし、と三拍子揃った人物だ。
ヨシヤ氏の今のバンド、RADIOTSのCDはラウドミュージアムでも取り扱ってます。



今、SOBUTはヒデ氏&ヨッツ氏でSOBUTとして活動中


http://www.sobut.com/


ヨシヤ氏はRADIOTSを率いて精力的に活動中です!


http://www.radiots.net/


そしてモトアキ氏もついに動き出しました!

http://www.myspace.com/motoakijp


次回に続く!


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今日は何故かスヌープドギードッグ!

俺はHIPHOPもよく聴くんだけど、DR.DREのセンスや音にハマるんだと思うわ。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
L.A旅行記 PART 5
     「た・め・い・き ロカビリー」 (by マッチ)




・・・ん〜、無茶苦茶ですな。



どーも、半沢です。



ではL.A旅行記ラスト!

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次の日、俺達はホテルで朝食をとり、社長さんのギャング系の店舗の仕入れに車でダウンタウンに行った。



ダウンタウンに近づくにつれ・・・街の雰囲気が変わってきた。




人気が無くなり、ホームレスがたむろするような場面が数多く見られるようになってきた。街のいたるところにドラム缶が置いてある。俺はそれをボーっと見つめながら夜になると火を燃やしてるんだろうなぁ・・・なんて思ってた。




ダウンタウンに着いて、まずは繁華街を歩いた。キッドクレオールが着てるようなズートスーツを売ってるお店があって、そこで社長さんは何着か仕入れしていた。ギャングスタイルの正装のようなことらしい。。社長さんの店のディスプレイで使うらしく、凄く派手なスーツを仕入れしたと思うよ。




その後、ディッキーズやベンデイビスの店に仕入れに行った。ワークシャツ、ポロシャツ、ワークパンツ・・・etcとかなりの量を仕入れしたと思う。俺はその商品たちを検品しながら段ボールに詰め込んだ。サイズはジョニースペードと違って、L、XL、XXLが中心でローライダーが好むような商品ばかりだ。ジョーカーなんかもかなりの量で仕入れしたと思う。




残念だけど・・今はその店を社長さんは閉めてしまったんだけど・・ギャング、ローライダーのマニアックな品揃えのお店だった。なかなか手に入らない商品が多くてリアルなL.Aを体現していたお店だったと思う。



・・・社長さんの仕入れが終わり、「明日、日本に帰るし・・時間も余ってますから、半沢さんが行きたいところに行きましょう」なんて社長さんも言ってくれたので、俺はもう一度、マックスフィールドに行きたいんですけどって言って・・メルローズにまた行くことになった。




マックスフィールドに着いて・・・俺はクロムハーツのハートのペンダントトップやコムデギャルソンのTシャツ三枚くらいを個人的に購入した。




仕入ればかりで自分の物なんて全然買ってなかったし、せっかくだから普段着ないようなブランドを買ってみたかったんだよ(笑)。



ダイスチェーンは最後まで迷ったんだけど・・・日本円で六万くらいだったので高いなぁ・・と思って諦めた。でもそのチェーンのスタイル、ダイスの数、その雰囲気を頭に叩き込んでた。日本に帰ったら、こんな感じのウォレットチェーンをジョニースペードでリリースしたいって初めて見たときから思ってたからね。




あっという間に夕方になってしまい・・・俺と社長さんで今日で最後だから、少し豪華な晩御飯を食べようなんてことになって・・・色々考えた末に何故か中華に行った(笑)。




それまでは朝食はホテル、昼、夜はファーストフードみたいな感じで仕入れの為に節約してたし、最後くらいはいいでしょうなんて感じで。



そのチャイニーズの店でフルコースを二人で頼んで、夜景を見ながら・・この旅のことを二人で思い出して話をしていた。料理も美味しくて、このときに俺は社長さんとアメリカに来て本当に良かったなぁ・・・なんて思ったよ。



俺達はお腹も一杯になって、ホテルに早めに帰った。帰る準備をしなくちゃいけなかったからね。今まで仕入れした商品なんかを整理して荷物にまとめるのが、また大変で・・・何時間かかかって帰る準備もできた。



そしたら・・・「あっ、ヤべー・・・俺、ココア頼まれてたんですよ〜」って社長さんが言い出した。




・・・「ココアですか?」と俺は聞きかえした。




友達にマシュマロ入りのインスタントココアを頼まれてたらしく・・・それは今、仙台でインポートの食品を扱うお店で普通に売ってるけど、10年前は仙台では売ってなかった。

  


それを買いに行くって話で・・・ホテルの方では夜10時過ぎは危険だから外出しないようにとは言われてたんだけど・・・俺達はそういうのは気にしないタイプなんでね(笑)。夜中に開いてるスーパーを探しに車で出掛けた。




レドンドビーチの近くのスーパーがまだやっていたんだけど、入り口にローライダーの車がボンガボンガいってて・・・車の上に黒人が三人くらい乗ってHIPHOPを大音量で流してた。俺達は車を駐車場に停めて、その前を通ってスーパーに入った。





俺はそのスーパーに入って非常にカルチャーショックを受けたんだけど・・・商品が通路に捨ててある・・というか投げてある。見てると・・・商品を手に取ったお客さんはその商品を見たら・・カゴに入れないで通路に投げ捨ててた。購入する商品はカゴに入れるって感じだった。





そのスーパーは黒人のお客さんが多いみたいで、ほとんど黒人だったと思う。俺達が珍しいらしく・・俺はなにかと黒人の子供達が寄ってきて質問をされていた(笑)。




そこでお目当てのココアを4〜5個購入して・・・もちろん、俺も購入。あとはポマードでニューナイルも売ってたのでロカビリー時代を思い出して購入。昔はドライヤーで溶かして髪に撫で付けたりしてたんだけど・・・1回のシャンプーじゃ流れない強烈なポマードです。ストレイキャッツの1stアルバムの裏の写真に出てるもんだから「ブライアンも使ってるんだ」なんて意地で使っていた時期があったね(笑)。
 



そのスーパーで芳香剤なんかも仕入れができたりして・・俺と社長さんは雑貨なんかも大量に購入してホテルに戻ったよ。




ホテルの部屋で社長さんと暖かく超甘いココアを飲みながら・・また談笑して・・俺達はゆっくり寝た。




次の日の朝、ロサンゼルス空港に行って・・・次の日の午後に成田に着いた。俺達は沢山の仕入れした荷物を、空港の近くの駐車場に停めてた社長さんの車に詰め込んで仙台に戻った。



本当に色々と楽しかったL.A旅行でした。社長さんには今でも感謝してるし、また一緒に行ければ行きたいなぁ・・・なんて思ってます。




では次回!


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今日は俺のフェイバリット!STRAY CATS!




14歳に出会って・・今もまだブライアンに夢中です。


オーケストラを初めて聴いた時も「こういう方向にきたか!」なんて思って「さすが!」と思った。


歳をとってもこの人は永遠にカッコイイんだろうなぁ・・・。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
L.A旅行記 PART4
 
「俺んとこ、来ないか?」
(杉本哲太&LONELY−RIDERS)



どーも、ハイティーンブギ(若い人は知らないだろうなぁ・・)半沢です。


まだ続くL.A旅行記の続き!

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スイサイダルタトゥーからホテルに帰ってきた俺と社長さんは帰り際に吉野家を見つけたので、もう一度行ってみようってことになって吉野家に行ってみた。




アメリカの吉野家は味が全然違う感じだった(笑)。とろみがあって中華飯食べてるみたいだったよ。




次の日はスワップミートが開催してるという情報を聞きつけて、またサンディエゴに行った。




フリーマーケットみたいなもんなんだけど、何かあるかもしれないと期待して行ったんだけど・・・こちらの希望するようなものはなかった。俺はシルバーにターコイズが入ってるライターケースと無名のオーデコロンを購入したのを憶えてる。





どちらも非常に安かったんだけど、そのコロンがジャスミンの素敵な香りでよかった。もっと買っておけばよかったなぁ・・・。





その後は少し遠出をして、パシフィックビーチ〜ミッションビーチに行ってみた。そこでサーフショップがあったので車を停めて中に入ってみた。




なかなか良い店で俺と社長さんはステューシーなんかを仕入れしてたんだけど・・そこにいるスタッフたちにはあまり俺たちに良い印象じゃなかったらしく・・・直感で不穏な空気が流れ始めているなぁ・・とは思っていた。




従業員とその仲間二人のアメリカ人が口々に「〜ジャップ」や「〜ファック」みたいなことをレジの前で言っていたと思う。俺と社長さんはそういう空気には敏感なんでね・・・「どうします?」なんて商品を物色しながら、考えていた。




店の中には俺達しか客は居なくて・・突然、店で流れていた音楽も消されて・・・やっぱり面倒なことになりそうだなって感じになった。俺達はアメリカが好きでアメリカのカルチャーも愛してるし、何も失礼なことはしてない。理由は色々あるだろうけど人種差別は良くないと思うぜ。




俺と社長さんは「んじゃ、行きますか」みたいな感じで度胸を決めて仕入れした商品をレジの前に持っていった。




レジの前の従業員は・・俺達が商品をレジの前に持っていってもレジを打たない。




ガムを噛みながら・・・こちらを見ていて沈黙が続いた。その仲間二人が俺達を囲んでいて・・・どう考えても緊張感があって、モメる雰囲気になっていたと思う。




その三人が俺達を怪訝に思う理由は俺には分かっていたけど・・・まぁ、ここで書かなくてもいいことだ。




そこで社長さんは「俺、半沢さんに言ったじゃないですか、守るって。だから命張りますから」って言ってた。でも・・それは俺からすると逆で、社長さんに「俺が社長さんを守りますよ」って言った。日本語で二人で言ってるから周りは意味が解らなかっただろう。




三人のアメリカ人が口々に何か言い出して、大声になってきて・・・俺達は意味が解らないってジェスチャーをした。一人のアメリカ人が空手の真似をやりはじめて・・・俺は「ん〜、体格も違うけど勝てるかなぁ」なんて思いながらそれを見ていた。




そしたら・・・店のオーナーみたいな人が裏から出てきた。俺は「あら〜、一人増えちゃった。もう負けるな、こりゃ」なんて思った。




オーナーみたいな人は俺達のレジに置いた山盛りの商品を見て、いきなり笑顔になった。俺たちは日本から来たこと、新しい店舗の商品の仕入れをしていることをたどたどしい英語で説明した。




「OK!」。オーナーみたいな人はそう言って、周りの三人に何か説明をしていた。三人は納得いかない顔をしながら・・俺達の購入した商品をたたみはじめた。オーナーみたいな人は一枚づつレジを打ちはじめてくれた。




俺と社長さんはそれでもモードは崩さなかった。全部の商品の精算が終わって、店を出るまでは俺達は油断しなかったよ。




商品を車に積んで・・俺達は車を発進させた。そこでやっと俺と社長さんは安心して、「あれ、やっぱそんな感じでしたよね?」「そんな感じでしょう」なんて話し出した。とりあえず、何もなくて良かったよ。




俺はそこで購入したクリアフレームでミラーレンズのサングラスをして、帰り道のハイウェイのパームツリーを眺めながら・・・社長さんと笑い話なんかをして、今度はアメリカとメキシコの国境の近くに住んでる社長さんの知り合いの日本人の家に行った。



凄く良い人で俺達に手料理なんかを振舞ってくれた。俺はアメリカに住んでるその人にアメリカに住むメリット、デメリットなんかを聞いていたと思う。色々と勉強になる話を聞かせてくれた。



俺はその話を聞きながら、自分の日本での環境と照らし合わせて考えていた。日本でお金や生活に苦しみながら生きてると人間として大事な物を忘れてしまうなぁ・・・なんて思った。だからといってアメリカで生活できるかというと・・・俺は日本でしか生活できないだろうなぁ・・とも思った。



結構、遅くまでそこに居て・・・俺と社長さんは夜にホテルに戻った。



次回に続く!


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今日はクリスレア!


昔から大好きで・・・アメリカを車で走っている時に何故か思い出して、心の中でこの曲が鳴っていた。イギリスの人なんだけどね(笑)。


それではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
L.A 旅行記 PART 3

      「恋=DO」



う〜ん、イマイチか。


もうG.Wも終わりですな・・・だうも、半沢です。


ではでは続き!

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俺達はブルドッグ氏のお店を出た後はレドンドビーチにあるホテルに直行した。



車で色々行って、モーテルに泊まるのも考えてたんだけど、今回の滞在はこのホテルを基本に動いた方が楽だったので、滞在中はこのホテルにずっと泊まってた。



夜は近くのスーパーマーケットに行って、ファットバーガーを食べたり・・次の日の予定を立てたりして寝ました。



次の日の朝はメキシコに行こうってことで、早起きしてメキシコにGO!



パームツリーが並ぶハイウェイは本当に雰囲気があって気持ちが良かったよ。



国境の近くに車を駐車して、アメリカからメキシコに行く国境を歩いて越えた。念の為、俺はウォレットチェーンなんかはポシェットに入れて、無地の黒のTシャツにしていた。



ウォレットチェーンなんてしてると「財布はここにありますよ」なんて主張しているようなもんだから。俺はなるべく面倒にはならない格好をアメリカではしていたと思う。今はアメリカに行ってもそんなに神経質にならなくてもいいかもしれないけどね。



国境のガード?みたいな道を少し歩いたら・・・すぐメキシコに着いてしまった。着いたのが朝8:00で・・お店なんてどこも開いてない(笑)。



社長さんと適当に散歩しながら看板をチェックして、行くお店なんかをマークしながら店が開く時間までブラブラしてた。



朝10:00頃になると、車も多くなってきてお店も開いてきた。車に関しては・・・信号や車線なんて意味がないって感じでどの車も適当に走ってたね。



お店もある程度営業しはじめたので、まずは俺がブーツが欲しいってことで靴屋に入った。俺はレッドウィングとチペワは10足以上持ってるんだけど、無名のローバーブーツかペコスが欲しかったんでね。



お店に入るとブーツがギッシリ並んでいて、俺はワクワクしながら物色していた。トニーラマとかよりは無名の無地のペコスブーツのようなものを探していたんだけど・・・見当たらなかった。



店主に声をかけて、ボディランゲージで「こんな感じで・・こんな風な・・」なんて説明してたら、奥から茶色のブーツを出してきてくれた。俺は「この形で黒が欲しいんだけど」って言ったら「OK!一時間後に来てくれ。探しておくから」と言われた。




社長さんはブーツにはあまり興味がない人なんだけど、「半沢さんと一緒に見てたら、俺も欲しくなっちゃった」ってことで社長さんのも一緒に頼んで、メキシコを出る時間辺りにまた来ることにして、靴屋を出た。




その日は日曜日かなんかで・・社長さんが楽しみにしていたマリアッチが道には出てなくて、社長さんは残念がってたんだけど、歩きながら見つけた雑貨屋なんかを物色して、シルバーやマリアグッズなんかも仕入れした。




お昼になって、何か食べようって話で・・・表通りは観光客用の飲食店が並んでいて価格も高めだったので、裏通りのタコス屋に入った。そのお店のお客さんたちがTATTOO入ってる率が高くて、ウケたね。とりあえず俺達はそのお店で隣りのTATTOOだらけのおじいちゃんと談笑しながら、チキンの丸揚げとビーンズ、タコスを食べた。5ドルくらいで安くて美味しかったよ。




・・・メキシコの仕入れも終わったので、帰りに靴屋に寄った。二人分のピカピカの黒いブーツが用意してあった。日本円で8000円くらいだったんで、俺も社長さんも「安くてよかったねぇ〜」って言いながら購入した。俺にいたっては履いてたブーツから、そのブーツに履き替えて喜んでた。




実はこの話にはオチがあって・・なんとこのブーツ、履いてるうちに擦れてきて、茶色の革になっちゃった(笑)。結局、最初の茶のブーツに黒のスプレー塗られてただけだったという・・・やられたね(笑)。まぁ、いいさ。




・・・それから俺達はメキシコの国境を歩いて帰った。国境の近くの大きなアウトレットショップに立ち寄って、社長さんの新店舗の為にカルバンクラインなんかを大量に仕入れた。




駐車していた車に荷物を積んで・・・今度はサンディエゴにGO!




何故、サンディエゴかというと・・・俺の古い資料でZORLACのカタログがあるんだけど、サンディエゴの住所が掲載してあったから、サンディエゴにZORLAC関係のウエアなんかがあるんじゃないかと淡い期待をしていた。




サンディエゴに着いて・・まずはタワーレコードがあったので、バンドTシャツの仕入れ。それは社長さんの新店舗というよりはジョニースペードの取引先向けの仕入れだった。サイズがL、XL中心の品揃えなのであまり買えなかったね。日本ではS、Mの商品の方が売れるからね。ホワイトゾンビやラッシュ、エアロスミスなどパスヘッドデザインに限定して仕入れをしたと思う。




その後、LEVI'Sを見つけて・・バレンシア工場で復刻された501XXを仕入れ。その頃の日本はまだビンテージのデニムは高価で、ビンテージの復刻も発売していたんだけど日本製だけだったと記憶してる。MADE IN USAの501の復刻は発売されたばかりで社長さんの新店舗には必要だと思って仕入れを勧めた。




次は古着屋を発見して・・社長さんは古着は新店舗には入れないって言ってたので、ジョニースペードの取引先のみの仕入れ。あまりこれといったのは無くて・・またパスヘッドデザインのTシャツのみの仕入れ。ここの店員にZORLACの事を聞いたんだけど・・「ZORLACって何?」と聞き返される始末(笑)。スケートショップにも行って聞いてみたんだけど・・誰もZORLACを知らなかった。クリーチャーなんかを勧められたんだけど・・予算も決まってるので仕入れはしなかった。




サンディエゴで昼食。ホットドッグを食べたんだけど、あまりに美味くて4本くらい食べまくった。またもや店員とボディランゲージでお話しながら食べた。俺、英語話せないんだけどね(笑)。




そしてその後、またもやヴェニスビーチ!




前日のブルドッグ氏のショップの近くにスイサイダルタトゥーがあったのでそこに行った。スイサイダルテンデンシーズのウエアの仕入れは社長さんの新店舗ではないギャングスタイルのお店とジョニースペードの取扱店舗の仕入れって感じだった。




スイサイダルタトゥーは真っ白で非常に垢抜けた清潔感があった。彫師が何人かいて・・俺達を歓迎してくれた。社長さんはスイサイダルタトゥーではウエアの仕入れのみで彫る予定じゃなかったんだけど・・・他の人が彫るのを見てたら我慢できなくなってTATTOOを入れることになった(笑)。




社長さんは足にあのスイサイダルテンデンシーズの特徴のあるアートワークを入れることになった。その間、俺は社長さんの分も含め、ウエアの仕入れをしたりしていた。




何時間後・・・俺の方の仕入れも終わり、社長さんも足にブラック&グレイでTATTOOが入った。社長さんはまたもや笑顔だ(笑)。結構、疲れてると思うんだけど本当にタフな人だと思う。




そんな感じでスイサイダルタトゥーに何時間も居たんだけど、すでに日が暮れてきた。





そしたら・・・なんとスイサイダルタトゥーの代表、ジムミュアー氏が登場した。オリジナルZ-BOYS、スイサイダルテンデンシーズのマイクミュアーの実兄だ。俺はもう歓喜の嵐だわ。




社長さんにTATTOOを彫った彫師さんが日本から来た俺達について、ジムミュアー氏に説明をしてくれていた。ジムミュアー氏と俺達は握手を交わし、スイサイダルのウエアで日本に入ってない商品の説明をしてくれたりしてくれた。ジムミュアー氏は大きな人で190cmくらいあるんじゃないだろうか?スイサイダルタトゥーのスタッフ達もみんな大きくてカッコよかった。




黒のTシャツ、ディッキーズ、ボールチェーンのウォレットにバンズのスニーカー・・ほとんどのスタッフがそんな感じの格好だったと思う。




スイサイダルのマイクミュアー氏も夜に来るって話で、「待ってたら?」なんてことも言ってくれたんだけど、スケジュールの都合で俺達は夜まではヴェニスにはいられなかった…残念。




時間が来てしまい、俺達もホテルに戻るので仕入れたウエアの会計を・・って話になった。ジムミュアー氏は合計の金額を出してきて、俺達もキャッシュで支払うところだったんだけど、社長さんにTATTOOを彫った彫師さんがジムミュアー氏のところに足早に歩いてきて、何かジムミュアー氏に話している。俺と社長さんは顔を見合わせて「何だろう?」なんて思ってた。




ジムミュアー氏が「ウチの彫師が「こいつらは俺のTATTOOを彫った。仲間だからもっと安くしてやってくれ」って言ってる。だからディスカウントする」って笑顔で言ってくれた。




俺はそのスイサイダルタトゥーの男気に感動した。何てカッコイイんだって思ったよ。ディスカウントとかのことではなくて・・その姿勢、スタイルに。男たるものこうありたいね。





そんなスイサイダルタトゥーのスタッフ達、ジムミュアー氏とオールバッグの髪が垂れた(笑)俺。





では続きは次回で!

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今日はそのスイサイダルテンデンシーズ!

スイサイダルタトゥーの店内なんかも入ってます。このPVは中途半端に終わります(笑)。

本当にカッコイイ男気のある人達でした。


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
L.A旅行記 PART2
    「だいじょうV(ブイ)」



なんか・・・言ってみたかっただけです(笑)。どーも、アリナミン半沢です。



では続き!

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そんな感じで俺と社長さんの珍道中が始まった。



目的は社長さんの新しい店舗の仕入れだったので、俺はバイヤー役に徹した。



まずはマックスフィールドというお店に行った。



この時代は日本ではクロムハーツがブレイクしてきた時期だったので、俺はクロムハーツを社長さんの新店舗に導入したかった。



マックスフィールドは今で言うセレブリティな店で・・・俺たちは浮いてたね(笑)。




その店の大きなガラスケースにクロムハーツがズラッと並んでいた。




ウォレットチェーンなどは金額が高くて売りにくいと思っていたので、リングとペンダントトップなんかを社長さんに仕入れしてもらった。もし、店でクロムハーツが定着するようであればその時に単価の高い商品を仕入れればいいと社長さんにアドバイスした。




マックスフィールドにはローリーロドキンゴシックなんかも置いてあったんだけど、クロムハーツのみの仕入れで終わらせた。




実はそこに無名のダイスのウォレットチェーンが置いてあって・・・俺は帰り道で凄く記憶に残っていた。それは仕入れしなかったんだけど、シルバー925のわりに価格も手ごろで買っておけばよかったなぁ・・なんて思ってた。




その何ヵ月後、日本に帰ってそれにインスパイアされたジョニースペードのダイスチェーンを作ったんだけど、本当にメチャクチャ売れた。2〜3ヶ月はそのチェーンのみで生活が成り立った記憶がある。




・・・・マックスフィールドを後にした俺達はメルローズに行った。




メルローズは色んなお店があって楽しかったんだけど・・・なかなか仕入れられる商品がなかった。
日本で見たような商品ばかりであまり目新しいものは無かったね。



ゴシックのお店やレザーアイテムの店、雑貨なんかも物色したんだけど・・・社長さんの新しい店舗のコンセプトに合うものはなかった。




俺の記憶に残ってるのはインディアンジュエリーのお店で、そこは圧巻だった。お店自体が重々しい雰囲気でインディアンの大きな写真なんかがパネルになっていて・・・上品な女性がインディアンの歴史をゆっくり俺に説明してくれていた。単語や雰囲気で何となく俺にも理解できていた。セージの香りが店に漂っていて、外とは別世界の空気を作っていた。ターコイズなんかも大きくて、当然人工ではなく天然石で一つ一つに迫力があったのを憶えてる。




その女性は俺達に優しくしてくれたんだけど・・・ここもまた社長さんの新店舗のコンセプトに合わない感じだったので何も仕入れはしなかった。




メルローズを後にして、ヴェニスビーチに俺達は向かった。





車で走っていて、スケートボードが飾ってあるお店を見つけたので、俺達は車を停めてそこに入ることにした。ここは新店舗の仕入れというよりは・・俺の個人的な趣味です(笑)。





入ってみたら・・・そこはあのブルドッグ氏のお店だった。ブルドッグ氏はヴェニススケートカルチャーを代表するブランド ドッグタウンのデザインを描いたりしている人なんだけど・・俺はこの偶然に歓喜した。





俺がコレクトしてる古いドッグタウンTシャツのデザインはブルドッグ氏デザインのもので、そのデザインを描いた人の店に偶然にも入ってしまったわけだから、当然俺は興奮しまくりなわけです(笑)。





その店は天井が高くて、古いスケートデッキが高いところからズラッと飾られていた。トニーアルバの写真なんかも飾られていて・・・俺はその迫力に圧倒されていた。





すると奥から、少し小柄で精悍な顔をした男性が出てきた。名前を聞いたら・・・その人がブルドッグ氏だった。俺達は新店舗の仕入れの為に日本から来たということと、俺がジョニースペードというブランドを日本でやってること等をブルドッグ氏に説明した。





ブルドッグ氏は凄くフレンドリーで優しかった。ドッグタウンのイメージとはまた違う人だった。





色々と話をさせてもらってたら・・・もうすぐブルドッグアートというブランドをやるって話をしてくれた。そしてブルドッグ氏が指を差したところにスケートボードが5〜6点置いてあった。





そのスケートボードのアートワークはブルドッグアートと手書きで描いてあって、物凄いオーラを放っていた。俺は一点づつ見入って感動していた。




そんな俺の様子を見た社長さんがブルドッグ氏に「このスケボー、売ってくれませんか?」とブルドッグ氏に言った。




俺は「エッ!」みたいな感じで驚いて社長さんの顔を見たんだけど・・・相変わらずの笑顔でブルドッグ氏を見つめてた(笑)。




ブルドッグ氏は難色を示し・・「NO・・SORRY」みたいな感じで・・・俺達はやんわりと断られた。そりゃ、そうだ、ブルドッグアートという新しくやるブランドのサンプルなわけで、手書きのスケボーだもの。




俺達は「OK,OK」みたいな感じで、他の商品を物色しようって話になって・・・店の他の商品を見はじめた。・・・ブルドッグ氏は奥の方に戻ってしまった。




俺はブルドッグ氏が気を悪くしたんじゃないかと心配で、奥から戻ってきたら「失礼なお願いをしてしまって申し訳ない」と謝ろうと思ってた。




・・・・ブルドッグ氏は2〜3分で戻ってきて、俺が謝ろうと思ったら・・・「OK! 」って言って、笑顔で手書きのスケートボードを指差した。ブルドッグ氏は手書きのサンプルスケートボードを俺達に譲ってくれる気持ちになってくれたらしい。



社長さんが「半沢さん、ブルドッグ氏がOKって言ってくれましたよ!」って満面の笑みを浮かべてた。俺は「大丈夫なんですかね?これ、大事なサンプルなんじゃないですか?」って言って・・社長さんがブルドッグ氏に改めて確認をとったら・・・「大事だけど、お前達だったら売ってもいい」ってブルドッグ氏は言ってくれた。



俺達は大喜びでそのスケートボードの前に行った。あまりにも素早く俺達がボードの前に行ったのでブルドッグ氏も大笑いしてた(笑)。




・・・ブルドッグ氏の手書きのボードの中で一枚だけカラーが入ってるスケートボードがあって、俺はそれがどうしても欲しかった。キャディラックのマークをアレンジしたもので、ブルドッグ氏のアートが俺から見て一番感じられるものだった。




俺は「これ!」って指差したら・・ブルドッグ氏は悩みだした(笑)。ブルドッグ氏の一番のお気に入りのスケートボードだったらしい。俺は「スイマセン!じゃあ、他のにしますから」と言って・・・スカルデザインのにしようとしたらブルドック氏が思い立ったように「OK!OK! HANZAWA!」と言ってくれて、そのお気に入りのスケートボードを俺に差し出してくれた。



俺は「本当に?大丈夫?」とブルドッグ氏に確認したら、笑顔で「OK!」って言ってくれた。



満面の笑顔の俺とブルドッグ氏(1998 )





次回に続く!

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今日はマイクネス!

ソーシャルディストーションも当然カッコイイけど、ソロもカッコイイです。




渋い!


ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
L.A旅行記 序章
          「暑いな〜アイスでも食う?」 

       「あーいいっすねー!」
(ROCK54様からの投稿)



・・・ROCK54様のこれまでの人生が表れてるようなダジャレでございます。


あっ、それと添付された新しいデザインなのですが・・・「却下」させていただきます。






アレンジはワンダラーズでイカシてますが、「ハンザワーズ」に頭痛がします(笑)。


それでは今日もジョニスペ物語の続き!


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森脇さんと出会った時期を思い出して・・ジョニースペードはどうだったかというと・・・TATTOOデザインを取り入れ始めた時期でもあるとは思う。



TATTOOはアートだと思うし、デザインに色んな意味もある。それを理解して身体に刻む人もいれば、憧れで入れる人もいるしね。色んな考え方はあるけど俺は個人の自由だと思ってます。ちなみに俺はトラディショナルスタイルのデザインが好きで夢中になっていたよ。



トライバルのスタイルもクールでカッコイイし、和柄も当然、カッコイイんだけど・・ロカビリアンが入れてるTATTOOはトラディショナルスタイルが多く、俺はそれに惹かれてた。



1998年のそんな中、俺は昔からの取引先の社長さんから「アメリカからTATTOOアーティストが来てくれるんだけど、会ってみないか?」と言われて、幸運にもその二人と会えることになった。



その二人とは今、全米ナンバーワンTATTOOアーティストとも言われてるMr.CATOON氏とチャーリーロバーツ氏であった。


俺は当然、Mr.CATOON氏のスタイルも好きなんだけど、チャーリーロバーツ氏のトラディショナルスタイルがその時期の俺にドンズバだった。チャリーロバーツ氏とCATOON氏と社長さんと4人で食事をして・・その時にチャーリーロバーツ氏にお願いして、ジョニースペードに何作か描いてもらった。



チャーリーロバーツ氏はあのスポットライトタトゥーのボブロバーツ氏(ブライアンセッツァーのTATTOOの何点かもボブロバーツ氏が彫ってるとのこと)の息子でもあって、素晴らしい才能を持っている。ジョニースペードはウッドベースがスカルになった「ウッドベーススカル」とスカル&クロスの「ロカビリー」をチャーリーロバーツ氏に描いてもらった。



この二点のデザインはあの時期のジョニースペードの代表作でもある。



その後、そんなチャーリーロバーツ氏との幸運な出会いを作ってくれた社長さんが、「今度、新しい店をオープンさせるんだけど・・一緒にアメリカに行って仕入れを手伝ってくれないか?」と誘ってくれた。



ギャング系のお店の社長さんで、俺は昔からその社長さんと仲が良い。ジョニースペードも取り扱ってもらっていた兼ね合いもあり、俺は一緒にアメリカに行く事にした。



この社長さんは男気があり、度胸もある人で「もし、半沢さんに何かあれば俺が命張って守りますから」なんて泣かせる言葉を言ってくれる人でもある。そして・・・この言葉は嘘じゃない男だという事も俺は十分承知だ。



その社長さんが言うには「今度のお店はギャング系ではなくて、セレブリティな感じのL.Aを表現したい」とのことだった。意外には思ったけど、ギャング系のお店はもう経営してるわけだし、新しい感じでいきたいんだなぁ・・・なんて俺は思ってた。



出発の日、朝6:00から二人で車を飛ばして成田空港に行った。



俺と社長さんは飛行機の中で、自分達の昔話やアウトサイドカルチャーについての話なんかで盛り上がったり・・社長さんの新しい店の構想を聞いたり、ジョニースペードの今後を俺が話したりと二人は話しっぱなしだった。そして・・・機内食を食べたら二人ともあっさり寝た(笑)。



9時間くらいのフライトでL.Aに着いたと思う。俺は初めてのアメリカでワクワクしていた。



が、最初からトラブルが続出した(笑)。



ロサンゼルス空港で社長さんが係員に止められた。何か二人で英語で話してるんだけど・・と思っていたら係員に「死にたいならここから先に進め」と言われたらしい。



社長さんは全身TATTOOだらけなんだけど、入ってるTATTOOが問題あるTATTOOだったらしい。
半袖&ハーフパンツだったしね(笑)。しかし、社長さんは全然気にする事なく・・「半沢さん、行きましょう」なんて感じで笑顔だった。



俺達は空港から出て、近くのレンタカー会社から車を借りる予定だった。そこはいつも社長さんがロスに来るたびに利用しているところらしい。



で、そのレンタカー会社に行って・・・車を選んで・・・さぁ、行くぞってところで今度はレンタカー会社の人に止められた。



社長さんとレンタカー会社の人がモメてたんだけど・・原因は前回、社長さんが来たときに駐車違反かスピード違反をしていたらしく・・・社長さんはそれを知らずに罰金を払わないで日本に帰ってしまったってことで・・・その請求書がそのレンタカー会社に来ていたらしい。



レンタカー会社の人と社長さんが話が終わって・・・二人で車に乗り込んだんだけど、社長さんは「半沢さん、スイマセン。最初にビバリーヒルズコップに行かなきゃいけなくなりました」って笑顔で言った。


結局、L.Aに着いた途端にビバリーヒルズの警察署に行くことになってしまった・・・ワハハハ。



ビバリーヒルズ警察署の中は凄く綺麗でホテルのようだったと記憶してるよ。そして順番が来るまで何時間か待って・・・支払いを終えて・・・やっと自由のみになりました(笑)。



一抹の不安を抱えながら・・・俺と社長さんのL.Aの旅が始まった。



次回に続く!


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今日はFLASH CADILLAC&CONTINENTAL KIDS!


14歳の時、ロックンロールチームで踊ってた頃から大好きなAT THE HOP。

「アメリカングラフィティ」のサントラはいつ聴いてもロマンティックな気分にさせてくれる。

俺のアメリカのイメージはやっぱロックンロール。

ちなみに今、ツイスト踊ったら死ぬと思う(笑)。

ではまた!

ジョニースペード物語 | - | -
森脇美貴夫兄貴の話 PART 2

    「ブタにぶたれた」
(新星堂 遠藤様からの投稿)



・・・遠藤君、このままダジャレ王になってくれる事を祈る。あっ、ちなみに周りに寒がられても俺は一切責任を持ちません。



どーも、定休日なのに朝から店で仕事をこなす半沢っス。



ではでは前回の続き!

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・・・森脇さんと伏谷との温泉は非常に楽しく、有意義な時間となっていた。

 

次の日は秋保の近くにある杜の湖畔公園に三人で行ってみた。



そこは花や木々の自然に囲まれた公園なんだけど、東京に住んでる森脇さんに少しでも癒しになればいいなぁ・・・なんて思ってね。



森脇さんはその地域の歴史や文化を知りたがっていて・・・俺なんかは地元なのに全然わかってないので説明ができない(笑)。伏谷は仙台文化に詳しい人なので森脇さんに色々と説明してくれていた。伏谷が居てくれて助かった。



そんな自然が溢れる公園を森脇さんと色んな話をしながら、散歩していて・・俺がまた森脇さんに甘えて愚痴を言った。



「この間、お袋と話していて・・・「老後は面倒みてくれ」なんて笑いながら言われて・・俺は「今だって金銭的にキツイのに無理だよ」って言ったんですよ」



俺は自分の心に引っかかってるお袋との話を森脇さんに話し出した。



森脇さんは少し間を置いて・・



「半沢君、そんな時は「老後は面倒みてやるから」ってお母さんに言わなくちゃ」と言った。



「だって・・森脇さん、将来お袋を面倒みれないと嘘になってしまうじゃないですか。お袋に期待されても困るし・・・」と俺は言った。



「言ってよい嘘ってのもあるんだよ。半沢君が将来のその時、お母さんを看れなくてもいいんだよ。そんなことはお母さんだって期待してないし、わかってるよ」



森脇さんは話を続けた。



「今、半沢君のお母さんが老後に不安を持っているとして・・・「金銭的に無理。面倒看れない」って半沢君が言えば・・今のお母さんの気持ちはもっと不安になるんじゃないかな」



「わかった。面倒看るよ」って半沢君が言えば・・・今のお母さんの気持ちは楽になってポジティブになると思うよ。今のお母さんの気持ちの不安を取り除くのなら・・そう言ってやれ。半沢君だって将来のその時、金銭的に余裕があればお母さんの面倒看るわけでしょ?嘘になるか、ならないかはまだわからないじゃないか」



森脇さんは優しく俺にそう言ってくれた。



俺は言葉にしたら・・嘘になってはいけないと思うタイプで・・・確信が持てないことは言ってはいけないと思ってたんだけど・・・確信が持てなくても自分でそれを言葉にして、そうなるように最大限に頑張るというやり方もあるという事を森脇さんの話から学んだ。



何でもそうだけど・・・最大限に努力して、そうならなかったら「そういう運命」なんだわ。仕方がない。



でも最大限に努力すればそこに近づくことはできる。努力しないよりは近づけてる。



森脇さんはいつも俺の悩みを一言で解決してくれる。本当に俺にとっては大事で尊敬できる人だ。

 

もちろん、パンクロックや音楽の話も沢山聞かせてもらった。



ボブマーリィーのライブは音が凄く小さいらしく・・お客さんはボブの言葉や声が聴きたくて、ステージの前の方に押し寄せた・・なんて話は面白かったね。




・・・まぁ、そんな感じで森脇の兄貴との濃い時間もあっというまに過ぎてしまい、森脇さんは東京に帰ってしまった。本当に楽しかったし、森脇さんとの出会いは俺の人生のターニングポイントでもある。



今でも森脇さんとはたまに電話で話したりして・・・俺は幸せもんですよ。感謝してます。



森脇の兄貴の本はここで入手できます。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_gw_6_2?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%90X%98e%94%FC%8BM%95v&sprefix=%90X%98e



でも・・元DOLL編集長の森脇さんとジョニースペードの俺が公園を歩いて、自然を眺めてるなんて・・観る人から観たら不思議な光景だよね(笑)。



人間っていうのは正面のイメージの他にまた色々と違う面もあるんですわ。


次回に続く!


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今日はTHE CLASH!

俺はこの曲がクラッシュの曲の中で一番好きかも。

ではまた!


ジョニースペード物語 | - | -
森脇美貴夫兄貴の話
 
  「みかんがみっかんねぇ」(SIXX 大石様からの投稿)



・・・ガチョーンだ、ガチョーンだよ、大石。


ども、皆様からのキラーなダジャレを募集してます。半沢です。

 

昨日のINNSANITYライブで来てくれた皆様、本当に寒い中に夜遅くまでありがとうございました。



ケンちゃん(DOG DAY AFTERNOON/NIGHTBIRD)とお友達、森君&末永君、アツシ君、菅井君、具合が悪くて帰ってしまったけどタツム(九九隊)、菱沼&彼女、翔君&遠藤君、DRAGON×SCREW伊藤ちゃん、本当にありがとう。



ジャンキービジネス、ナンシーちゃん、盛り上げてくれてありがとう。



スタッフで頑張ってくれたナナミン、新星堂遠藤君、ご苦労様でした。ありがとう。



あと事情で来れなかったけど、富山の江尻さん、またの機会に来仙しに来てくださいね。息子さんが大きな怪我じゃなくてよかった。



MAD MAGAZINE、ANGER、dreamin drippers、THe RUDY's、お疲れ様でした。



バードランドジュンイチ君、ウッチャンありがとう。



ANGERリュウジ君、誘ってくれてアリガトね。



INNSANITY自体はイマイチだったんで・・もう少し鍛えなおします。俺のギャグはすべってたし(笑)。



まぁ、そんな感じで今日もジョニスペ物語の続き!

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前回の続きで・・・



なんと森脇さんが仙台に来てくれることになった!



俺はメディアや文学に強い伏谷という友達とともに仙台駅に森脇さんを迎えに行った。



待ち合わせの時間になって・・・周りを見渡すと長身で黒づくめのサングラスの男性が歩いてきた。



すぐに森脇さんだとわかって「森脇さん!」と声をかけたら口元に笑みを浮かべてくれた。やはり森脇さんだった。やっぱりオーラが人とは違うなぁ・・なんて思ったよ。



伏谷の車でまずは仙台観光!



青葉城の跡地や秋保の民芸の里なんかを周ったと思う。



森脇さんはパンク雑誌「DOLL」の編集長であって、俺が貪るように聴いていたバンド達のレコードレビューをほとんど書いていて・・・俺はいつも気がつけば音楽雑誌の森脇さんが勧めるバンドをチェックしていた。スタークラブやスターリンのアルバムのプロデュースも手がけたりしていた人でもある。



俺の記憶では・・・森脇さんの初期のレビューは非常にハードで文章自体にパンクロックのスピードを感じられる「動」って感じのレビューだった。



が、しかし森脇さんのハードなレビューはロンドンのポジティブパンクと言われたムーブメントを紹介しはじめた辺りから変化していったと思う。枯れた感じで「静」の魅力を増していった。



俺はその変化が衝撃でもあり、そんな森脇さんが知的でカッコよかった。俺もその影響でダークなポジティブパンクに夢中になっていった。



・・・そんな憧れの兄貴、森脇さんと車で一緒に走ってると思うと俺は嬉しくてたまらなかった。



森脇さんは古本が大好きなので仙台の古本屋巡りをしたんだけど、それが森脇さんにヒットしたらしく何時間もその古本屋から動かない(笑)。俺は三島由紀夫の文学が自分の人生の書だと思ってるんだけど、森脇さんから「これ、半沢君、読んだ方がいいよ」と言われて永山則夫の本を勧められた。当然、俺は購入しました。



永山則夫に森脇さんは非常に拘っていて・・・説明はこちら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%B1%B1%E5%89%87%E5%A4%AB


森脇さんに永山則夫の話を聞いたり、パンクロックの話を聞いたり・・・凄く恐縮でもあり、充実した時間だったと思う。



そして夜は俺、伏谷、そして森脇さんと三人で秋保の温泉に行った。



美味しい料理を食べながら、森脇さんと文学や音楽の話、精神論の話をするのは俺にとっては幸せの極みだったね。



そして・・・俺はかなり森脇さんに甘えてしまって、自分の不満を話し出してしまった。




「どんなにジョニースペードを頑張っても生活の安定は見込めない」




「俺の給料は周りの友達の給料に追いつかないし、ボーナスもない」




「どんなにカッコイイ商品を出しても、メディアの力を使わなければ売れない」





俺はその頃、すごく人生や仕事に焦っていた。早くジョニースペードというブランドを確立して、普通の生活を送りたいという気持ちが俺をイライラさせていた。



ジョニースペードをどんなに頑張っても人並みの生活ができない・・有名にもなれない・・・バンドをやってもお金になることはない・・・みたいな事を森脇さんに聞いてもらっていたと思う。



・・・森脇さんは黙って俺の話を聞いてくれて、こう言った。



「半沢君、それ、一言で片付けてあげようか?」
 


「一言でですか?」と俺は聞き返した。



「受け入れればいいんだよ」と森脇さんは言った。



俺は意味が解らず・・・「受け入れるというと・・?」とまた聞き返した。



「半沢君はジョニースペードで生計を立てたいとか、人並みの給料が欲しいとか、ブランドとしてこういう風になりたいっていう理想があるでしょ?」と森脇さんは言った。



「はい」と俺は答えた。



「その理想は半沢君が勝手に自分で決めてるだけで、別に半沢君がそれを決めなければ苦しまないんだよ。誰かが半沢君にそれをやりなさいって言ってるわけじゃないでしょう」と森脇さんは話を続けた。



「自分の理想というか、「こうなりたい」とか「こうでなければならない」とかの理由が自分の首を絞めてると思わないかい?話を聞いてると半沢君は半沢君の理想にならないから苦しんでるわけだよね?そのロープを捨てればいいんじゃないか?理想を捨てればいいんんだよ。自分の今を受け入れてないから苦しむんだよ」と森脇さんは言ってくれた。



「あっ・・・」と俺はやっと森脇さんの言葉に気づいた。そして心を縛っていた何かがゆっくり外れていくような気がした。



森脇さんの言葉は俺を救ってくれた。今でもたまにこの言葉に救われる。



俺は森脇さんのおかげでそれから「将来はこうなろう」とか「こうしなくちゃならない」とか考えなくなったし、周りの人と自分を比べるのはやめた。



今の自分を受け入れて「俺は俺にしかなれない」と思うようになった。



人生、色々と理想はあるけどね、なれないもんはなれないんだよ。



例えれば・・何かファッションの流行があって、自分の苦手な分野の流行なのに俺がそれを真似して商品を作ったとして・・・それが凄く売れたとして・・・俺はその流行が終わったら、次は何を作ればいいのか解らなくなると思う。もともと自分に嘘をついて、自分の流れに合わない商品を作ったんだから解らなくなるのが当たり前だよね。




・・・俺はそんな森脇さんのその言葉と会話がまだ耳に残ってる。




続きは次回!


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今日は松田優作主演の映画「野獣死すべし」のテーマ。


俺は松田優作と北野武の映画が大好きなんだけど、この映画の松田優作は「狂気で静寂なバイオレンス」を演じきっていて凄まじかった。


松田優作はその前の作品の「蘇える金狼」で「派手で荒々しいバイオレンス」を演じていただけに俺にはハードボイルドの根底は同じなんだけど、映画「野獣死すべし」の松田優作の表現が「動」→「静」に思えてカッコよかった。


これと同じ事を森脇さんにも感じてる。


ではまた!


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